会議中に2012年06月16日


会議中に

 今日、政府が大飯原発再稼働を決定しました。政治家たちの暴挙は恐るべきレベルに達しています。そんな中で何をすればいいか、冷静にひとつひとつやるべきことをやっていくつもりです。絵を描くことも、一見脱原発とは関係がなさそうですが、自分に与えられた賜物としてこれからも続けていきます。そうすることでアピールできることはあるでしょう。デザインの仕事でも。
 少なくとも、脱原発についてはこの一年間もそうでしたが、これからも他人事にはせずに地道に取り組んでいこうと思っています。 

 さて、原発とはとりあえず関係のないスケッチを。
 ぼくは子どものころから授業中に落書きをする癖があって、まじめに授業を聴いていたことはあまりありません(時々はありますよ)。そういう忍耐力がないのですよ。多少ADHDかもしれません。
 その癖が今も残っていて(これは死ぬまで治りそうにない)、会議などは苦手なのです。で、退屈すると(しなくても)絵を描きたくなる。会議には人が大勢いるから、描きたくなる顔や姿をたくさん見られます。モチーフが多いんですねえ。この絵を見たら、関係者は怒るでしょうね。まじめに会議に参加しろって。
 この絵は半年前に描いたもの。僕の前にすわっていたのですが、いつも髪の毛を見事に編んでいらっしゃる方です。ふだんは挨拶を交わす程度なのですが、この日は後ろからじっくり眺めることができたので、髪の毛を中心に描かせてもらいました。お風邪だったようで、マスクをして、ちょっと苦しそうに咳をしていました。

さようなら原発集会に行ってきました。2011年09月19日



脱原発のポスターがたくさん

制服向上委員会です

 新宿の明治公園で行われた「さようなら原発1000万人アクション」の集会に出かけました。すごい人出でした。主催者発表では6万人でしたが、ぼくの仲間が「あの公園で5万人は入れるわけがない」とクールに分析。おそらく3万人程度でしょう。
 でも、6月11日に参加した集会の10倍はいました(場所は違っていましたが)。これはかなりの盛り上がりだったと思います。日本人の原発への関心が薄れるどころか、着実に根付いていると確信しました。うれしいことです。もっともっと増やしていきたいですね。
 何枚か撮影した中で2枚ご紹介。1枚は、脱原発ポスター。デザイナーのU.G. サトーさんが加わっているらしいのですが、こんなふうに並ぶとアピールしますね。ポスターの力です。これもデザイナーの端くれとして、うれしいことです。
 もう1枚は制服向上委員会。Facebook で動画を見たことはあるのですが、生では初めて。「ダッ、ダッ、だーつ原発」と歌っています。こういう存在は、運動が広い世代に広がるために大切ですね。あとでメンバーがシールなどを配っていましたが、飛ぶようになくなっていました。
 そのあとでぼくはスタッフの一人としてカンパを集める係をやりましたが、だーれも見向いてくれませんでした。……というほどひどくはなかったけど、けっこう無関心だったのは確か。「失礼します。」と言いながら人混みの中をかき分けて歩いたのだけど、「失礼しないでよ」とか「(おれたちは)座ってんだよ。あるくな!」と言われたりしました。でも、心ある方はちゃんとお金を入れてくれましたよ。

 雨を心配していましたが、途中ほんの少しパラッときただけ。むしろ暑くて暑くて、熱中症の方が心配になりました。ぼくはスタッフとして午前11時からの参加でしたが(一般は午後1時から)、さすがにくたびれました。
 しかし、脱原発は草の根運動で広げていきましょう。

東京マラソンと9.19脱原発集会2011年09月08日

 そういえば、東京マラソンの申込締切が終わっていたなと思い、応募状況を見にサイトを訪れました。そしたら、応募者総数が29万人を超え、倍率は9.6倍。これでも去年より5万人少ないのだとか。
 サイトには、「東日本大震災等によるレジャー自粛傾向を懸念しておりましたが、今年も多くの方々にお申し込みいただき感謝しております。」と書かれていました。ぼくはむしろ、自粛してくれればよかったのに〜、と思いましたよ。
 あ〜あ、これで今年も落選だ。

 しかし、統計的根拠のないぼくの勘では(経験則と言っていいかもしれません)、世の中や自分の人生が苦境にある時の方が、人は走ると思います。こういう苦境を乗り越えるために「走る」という行為はかなり有効だから。
 それに、去年の東京マラソンはたまたま開催できましたが、1か月後に大震災と原発事故が発生、多くの大会が大震災のために中止になったから、今はランナーたちの間で走りたいという欲求が強くなっているのかもしれません。

 その大震災発生からまもなく半年が過ぎようとしています。
 きのうFacebook でピーター・バラカンさんが「さようなら原発1000万人アクション」の記者会見を掲載していました。動画では、呼びかけ人のうちの鎌田慧さん、落合恵子さん、大江健三郎さん、宇都宮健児さんが発言していましたが、どれも傾聴に値する発言でした。大江さんの次のような趣旨の言葉が強烈に印象に残っています。
「私の人生の中で、広島長崎と敗戦に続く大きな体験です。日本人は自らの手で第3の原爆を落としたのです。」そして、新しい決意へと私たちを促しています。
 集会が9月19日(月)13:30から東京都新宿区の明治公園で開催されます。ぼくは家族と一緒に参加しようと思います。
 それにしても、テレビはこういうことをちゃんと報道しない。だから日本のマスメディアはダメなんですよ。あいかわらずお茶濁しの報道ばかり 。

震災から3か月2011年06月11日

 3週間も記事を書きませんでした。しかも最近は1週間か10日に一度の更新で、頻度が低くなっている。日々の慌ただしさが原因です。
 さて、今日は大震災から3か月目。世界各地でいろんなイベントが行われましたが、ぼくはその中で、6.11 脱原発100万人アクションに参加しました。行ったのは東京港区の芝公園。
雨がようやく上がって

 ぼくは社会活動家ではありません。今までデモに参加したことはありませんでした。でも、今回の福島原発事故については、他人事として放っておくわけにはいかないという思いをこの2か月あまりずっと持ち続けています。微力でも声を上げること、何かの行動を起こすことが必要だと思い、ちょうど今日は3か月目の節目、いい機会なのでデモに参加することにしました。とにかくフツーの市民が声を上げていくことが、社会を変えていく力になると信じています。
 初めてなので新鮮でしたね。できればプラカードを作って持っていきたかったけど、ゆうべまで締切ギリギリの仕事をしていたから、さすがに時間がありませんでした。近々作って、次回のデモに持っていきます。
 朝からけっこう本格的に雨が降っていて、集会が始まった1時半頃もまだ降ったりやんだりの状態だったので、ちょっと心配でしたが、そのうち上がって、デモが始まるころには晴れ間も見えました。
 いろんな年代の人たちがいたけれど、年配の方が多かったことに驚かされました。集会では1時間立ちっぱなし、そのあとデモ行進で約7km 歩きっぱなし(芝公園から、経済産業省、東電本社を経て東京駅まで)。終了は午後5時15分頃でした。体力がなくてはデモもできません。みなさん、がんばっていました。
 主催者発表では参加者は5千人。でもそれはちょっと水増しだな。NHKニュースでは2400人と報道されていました。まあ、そのくらいか。でも、多かったことは確かです。これくらいの人数になるとNHKはじめマスコミも絶対に無視できません。7時のニュース、BSニュースなどに出てきました。うれしいことです。こうやってみんなの意識を高めていければと思います。
 でも、まだ参加者が少ないのですよ。まだまだ日本人は原発の問題を他人事だと考えていると思います。原発をここまでのさばらせてしまったのは、私たちの無関心だ、ということを鎌仲ひとみさんという、ドキュメンタリー映画監督がおっしゃっていますが、ほんとうにそのとおりだと、我が身を省みて思います。その無関心をついて、政府が莫大なお金をかけて行ってきたプロパガンダに洗脳されてしまったわけですからね、日本人のほとんどが。
 この鎌仲ひとみさんの映画については、また稿をを改めてお話しします。
 昔の学生運動家みたいな深刻さや硬直したやり方は逆効果ですが、しなやかな姿勢を保ちつつ、とにかく息長くこの問題に関わっていくことが大切だと思います。私たちや子どもたちの命に関わる問題なのだから。

脱原発へ2011年04月20日

 僕が出入りしているFacebook はこのひと月、まるで大震災情報交換センターのようになってしまいました。僕自身の記事もそうです。特にここ2週間ほどは原発のことばかり書いています。
 今回の福島第一原発事故で悲しみと憤りと不安と焦燥の日々を過ごすようになり、どげんかせんといかんと思ったぼくは、原発のことを少しずつ勉強するようになりました。そしてわかったことは、自分がいかに原子力や核について無知だったかと言うことです。広島長崎の原爆のことさえ、知っていたことはほんの少し、しかしそれはどこか自分の意識の中では、遠い日の遠い場所の話と捉えていました。今の私たちに間違いなくつながっているのに、どうつながっているのか、ほとんど知らなかったのです。原発のことも、信用はしていなかったけれど、やむを得ない現実なのかな、という諦めに似た気持ちで見ていました。
 しかし、今はっきり言えます。原発にはNOというべきだと。
 つい先日読み終えた本があります。『内部被曝の脅威——原爆から劣化ウラン弾まで』(肥田舜太郎/鎌仲ひとみ共著、ちくま新書、2005年)。これを読むと、今私たち自身を含め、世界中のほとんどの人間が被曝していると言っていいくらい、危険な環境におかれていることがわかります。放射性物質とは何か、放射線とは何か、核エネルギーとは何か、それが人間や地球にどういう影響を与えるのか、そして、原発は安全だとかクリーンエネルギーだというのがどれほどの欺瞞か、がよくわかります。国が国民をいかに騙すかも。

 城南信用金庫の吉原毅理事長がつい先日、脱原発の宣言をしました。YouTubeで見られます。勇気ある発言です。それから、ソフトバンクの孫正義社長は事故直後から原発への不信を表明していましたが、つい先ほど、私財10億円を投じて脱原発・自然エネルギー開発の財団法人を設立すると発表しました。被災地に100億円の義援金を寄付したことは皆さんご存じですね。
 こういう人たちはほんとうに企業人の鏡です。希望が見えたような気がします。
 脱原発にせよ、憲法九条にせよ、沖縄基地問題にせよ、市民運動家が叫んでいると、熱心にやればやるほど一般の人たちは、自分たちには関係のないことさと冷ややかに眺めるだけで、結局いつまでたっても事態は動きません。山が本当に動くためには、一般の人たちが、問題を自分のこととして捉え(というより、気づいて)声を上げていくことが必要なのだと思います。だからぼくも地道に、自分にできることを一つ一つやっていこうと思っています。

 残念なのは、ぼくの郷里、福井県の態度です。福井には現在14基の原発があります。原発銀座と呼ばれています。高速増殖炉「もんじゅ」もあります。今回の福島原発事故で反対の声が高まるかと思ったら、まるっきり逆の行動に出ました。地元の敦賀市長が東京にやってきて、国に「原発増設の見直しはやめてくれ、生活できなくなる」と陳情したというのです。ありゃりゃー。
 真っ先に反原発の声を上げるべき人間が、こういう挙に出る。どういうことか。地方人独特の視野の狭さを感じました。あんな大事故が起きても他人事なんですね。福島は運が悪かったとでも思っているのか。自分たちだけは大丈夫さと、根拠のない楽観をしているのか。目先のこと、自分たちのことしか考えられない。権力のいいなり。それが地球規模で迷惑をかけることなど想像もできない。僕も同じ福井人なので、言わせてもらいましょう。この田舎もん! 
 さらにあきれたのは、福井新聞の社説。菅首相が原発見直しを発言したことを批判したのです。いったいそれであんたたちはジャーナリストか、と言いたくなります。いったいどっちを向いて新聞作ってるんだ。……そのことはFacebook にも書いたので、ここでは繰り返しません(って、もう繰り返したけど)。

 ぼくたちは、大変な時代に、大変な環境に生きているのですよ。そしてそれはみな、人間の欲望から生じたものなのですね。なんとかしなきゃ!