コクワガタ2012年10月16日


体長は約35mm。

  2週間前に描いたものです。このコクワガタ、今も生きています。冬眠態勢に入ってますけどね。カブトムシと違ってクワガタは種類によっては越冬するものもあるそうですが、わが家ではまだ一度もその例がありません。一人で勝手に期待が高まっています。
 今、わが家で生き延びている昆虫は、これともう1匹、アオドウガネ(先月、絵を掲載しました)。でも、アオドウガネはずっと土に潜っていて行方不明。
 虫や花をリアルに描くのもいいのですが、そうじゃない描き方もしたくなります。クワガタのざくっとした感じを出したくて、筆ペンタッチのサインペンで描きました。

無防備であること2011年12月07日


成虫、出てくる

 数年前まで、夏になると、子どもたちの夏休みの宿題を兼ねた楽しみで、チョウやガやアブラゼミの羽化の観察をしていました。これがなかなか面白い。生命の神秘を学べます。 季節外れの話題でごめんなさい。
 夏の夕方、家の近くを歩いていると、暗がりの地面を這っているセミの幼虫をたまに見つけます。つかまえて持って帰り、カーテンや植物の幹につかまらせると幼虫は登り始めます。ある高さまで来ると(どの高さという法則があるのかどうか、わかりません。ほっとくとどんどん登ってしまうこともあります)、ふと止まって、しばらくじっとしています。
 やがて背中が割れて、成虫が中から出てきます。その様子をカメラやビデオで撮影するのは結構忍耐を要する作業です。3年前に撮影した写真を掲載しておきます(ピンぼけですが)。

 出てきたばかりの成虫の羽は、白くてクチャクチャです。体も薄茶色。黄緑に縁取られた半透明の羽がとても美しいのですが、同時にその柔らかい体は、たやすく殺せるくらいにか弱いものです。
 完全に体が出たあとも数時間、セミは抜け殻にぶら下がって、羽が伸び、体ができあがるのを待ちます。この時間がとても大切なのです。チョウもそうですが、羽が伸びるのに十分な空間と時間がなければいけません。その間、成虫は何もできない。ただ、待つだけです。
 いつもいつも成功するわけではなさそうです。わが家で飼っていたカブトムシの1匹が、サナギの時に部屋作りに失敗し、土の中に広い空間をなかったために羽を伸ばすことができず、羽化のあと数日で死んでしまったこともありました。羽化がどれほど大変かを知らされました。
 ぼくはそれらの観察でわかったのです。生き物は、生きていくための非常に重要な行為、たとえば誕生(親の立場で言えば出産)、孵化、化、睡眠、あるいは生殖、といった場面では徹底して無防備であり、誰かに守られていなかったら生き延びることができないのだと。これはあたりまえのように見えて、実はあたりまえではなく、見過ごしてしまう真実だと思いました。

 よく人は「自立」ということを口にします。いつの時代からでしょうか。一人で生きていくことが大切で、強くなくてはいけないという前提が自明のこととされて、言葉の吟味もあまり行われずに、自立が論じられる。しかも一部の人たちは、自分たちが生まれてからずっと自立して生きてきたと錯覚して、その考えを人にも強要したりします。
 でも生命の本質的なあり方として、人間を含めたすべての生き物は、守ってくれる存在を必要とするのです。そのことを見過ごして「自立」を語るのは、どこか的外れなんじゃないかと、ぼくはこの頃から考えるようになりました。
 生物たちは、生命の節目節目で無防備になることをわかっていて、敵に襲われないように工夫して生きています。そしてそのリスクの高い時間だけは、どうしても何かに身を委ねて過ごさざるを得ないわけです。

 私たちは守られなければ生きていけない。生きることは そのまま、守ってくれる存在を必要とする ことなのだと思うのです。そのことに思いをはせることができるかどうかで、世界の見え方と過ごし方が、実は大きく違ってくるんじゃないでしょうか。

シジミチョウ2011年11月14日


温かい日差しに誘われて

向きを変えて

 仕事が混んでいて、しばらく更新できませんでした。年末まであまりゆっくりはできなさそう。そのわりには、いつものことだけど、お金が入らない……。

 おとといの土曜日、温かい日差しに誘われて、わが家のベランダにシジミチョウがやってきました。ちょうど、カメの水槽掃除をしようとベランダに出ていたときでした。すぐにカメラを持ち出して、撮影。蝶はちゃんと待っていてくれました。
 今年はいつまでも温かいから、虫たちもまだまだ元気に飛び回っています。外に出かけたときには キチョウが花壇の中を舞っていたし。と言っても、別に珍しいことではありません。シジミチョウは例年でも、11月いっぱいは見かけます。越冬種の蝶だと、冬でも小春日和の日に飛んでたりしますしね。

ツマキシャチホコ2011年06月29日


職人技を見よ!
 昨日、Facebook に掲載した画像を。
 枝? いいえ、ツマキシャチホコという、僕の大好きな蛾です。毎年1、2匹は必ず見るんです。以前にHPでも紹介しましたが、何度でも皆さんに見せたくなります。これは昨日の朝、娘がすぐ近くで発見したものです。
 この見事な擬態は、何度見ても見飽きません。いったいどうやって虫たちは、こんなにそっくりに他の自然物に似せて自分の体を作り替えるんでしょう? しかも、発想がものすごい。頭と羽の端を見てください。枝の折れた様子がまったく別の表現法で表されています。体のこの辺りをこんな風にして、こう似せよう、なんてよく考えるよね。

 この見事さは、羽を広げた標本の姿では絶対に分かりません。こんなふうに生きている姿でしか見ることができないのです。そこがまたいい。だからぼくたちは今まで一度も、ツマキシャチホコを標本にしたことがありません。写真撮影したら必ず逃がしています
 来年また子どもたちをよこしてね。

アカタテハが2010年11月24日


羽を綴閉じてる

羽を広げて

 久々に昆虫の話題です。
 先週の月曜夜、塾から帰ってきた息子が「エレベーターホールに蝶がいる」と知らせてくれました。おや、この季節に珍しい。さっそく、捕まえに行ってもらいました。翌朝撮影したのが、ごらんの写真です。
 アカタテハ。羽化したばかりなのでしょう、どこにも傷はないし、鱗粉がはげた後もまったくありません。羽の裏と表の模様の違いに注目。同じ蝶とは思えない。こういう蝶は多いですね。羽の裏側の模様、地味な茶色の中に点在する青(角度によってコバルトブルーにも、ターコイズブルーにも見えます)がまたこの上なく美しい。昆虫の色はすべて、光の中でこそ変化を楽しみ、美しさを鑑賞できるのですね。

 暖冬のせいでこの季節に現れたのでしょうか。いま現れるのは越冬型の蝶です。蝶の中にはこのように成虫の形で冬を越すものがいるんです。たまたま暖かい日など、ふらふらと飛んでます。今日も、シロチョウが飛んでいたようだから。このアカタテハ、飛んでるうちに団地の中に迷い込んでしまったのですね。
 撮影の時、最初は眠そうで、動きも鈍かったのですが、この写真を撮ってしばらくしてから、ベランダへもう一度見に行ったときにはいなくなっていました。どこかの木の枝にでも泊まって、春まで誰にも襲われることなく、ゆっくり休んでくれればと思います。

ついに捕獲!2010年09月12日

 Another G をついに捕獲! ここで不定冠詞が定冠詞に変わり、奴はThe Other G になります。願わくはThe Last G でありますように。

 夕食前、食卓でビールを飲んでいたら、足下に黒い影が……。お、来た! ぼくは椅子を少し引いて、G の行方を見守りました。「たたく新聞紙持ってきて。それから、ゾロゾロも!」大急ぎで家族に指示を出しました。テーブルの下にはファイルや絵の具のパレットがおいてあるのですが、隙間がないためにG は僕の視界から逃げることはできず、まわりの様子をうかがうようにじっとしていました。
 その間に着々と僕たちは準備を進め、退路を断つように回りを固めました。息子は懐中電灯を持ってきて、娘はわが家に仕掛けてあったゾロゾロ3つをすべて持ってきました。
 ぼくはゾロゾロをG の手前に置いて、新聞を上からかざしながら、絶対に向こう側には行かせないようにしました。奴はもうこっちに来るしかない。しかし敵もさる者、サッカー選手がパスコースを見つけるように、サバイバルできる狭い進路を見つけ、ゾロゾロの縁を見事に歩いて、粘着部分には触れないようにすり抜けようとしたのです。G の知能はなかなかのもんですよ。
 しかし、通り過ぎようとするのをぼくは手前で牽制して止めました。すると、G はまた例のごとく触覚をシュワシュワさせながら警戒し、しばらく立ち止まりました。このとき、たたきづらいところにとどまっているというのが賢い。そして、方向転換。
 向こうへ行ったってまた同じこと。逃げ道はないよ。袋小路に追い詰められ、サーチライトに照らされる逃亡犯のよう。あとは持久戦です。上から光を当て、そっちには行けないと分からせて、少しずつ誘導しました。
 すると奴は観念したか、こちらに向かってダッシュ。今度は見事にゾロちゃんの中に飛び込んでくれました! やった! 前へ進もうとして足を動かすのだけど、もがけばもがくほど、粘着紙にからめとられるばかり。
 うーん、この様子、「ターミネーター2」のT2000が、工場の中で薬品に足をとられ身動きができなくなっていく場面を思い出します。確かに、G もターミネーターだもんなあ。死んだと思ってもなかなか死なないんだから。もちろん、のちほどまた洗剤できれいにしてあげました(笑)。

 というわけで、なんとか今回のG 騒ぎは一件落着しました。この2日間どこに潜伏していたのかなと思いますが、最後はゆくべきところに行ってくれたので、僕たちはひと安心です。

ホラーのシナリオが現実に2010年09月10日

 ウソのような本当の話。前回の記事の最後に書いたことが現実になりました。Another G が現れたのです! きのう捕まったのは別物だった。
 今日の夜、息子と二人で食事をしていると(他の二人はそれぞれお出かけ)、ぼくの左側の床の上を這うAnother G の影を発見。しかも今度は黒々と輝く大型の成虫。おいおいっ、おまえだったのか! やっぱり事件は解決していなかったのです。まったく出来すぎのお話ですね。
 G はゆっくり歩きながら、たまたま床においてあった黒いビニール袋の下に隠れました。「新聞か何かで袋の上からたたいたら」と息子が提案しましたが、運の悪いことに、その上に雑誌が覆い被さっていて、新聞を勢いよく振り下ろすことができない位置になっていました。
 僕は、きのうベランダにおいたゴキブリゾロゾロをすぐさま部屋に持って入り、そいつの近くにおきました。さあ、入ってくれ……。しかし、人類よりも長く地球上に存在している生物。そんな計略にたやすく引っかかるような間抜けではありません。袋の下からすっと現れたG は、長い触覚をシュワシュワと動かしながら、いかにもワナに入ってくれそうなそぶりを見せたかと思うと、ふいと方向転換をして、ピアノの下に潜っていったのです。
 ぼくはさらにもう一つのゾロソロを持ってきて、最初のゾロソロとでピアノを挟むような位置におきました。
 明日の朝、はたして奴はかかっているか?

 ゲームはまだ終わらない。イニシャルG との死闘はまだまだ続くのです。

イニシャルG 出現2010年09月09日


ダイハードのゴキ
 昆虫の好きな僕ですが、唯一、こいつだけは絶対に好きになれません。形、色、動き、あらゆる要素において人間の愛を拒絶している昆虫。サバイバルのために究極の道を選んだ生物——イニシャルG(ゴキブリ)。
 ゆうべ子どもたちが(特に娘が)突然でっかい声でギャアギャア騒ぎ始めたので(念のために言っておくと、娘も「虫愛ずる姫」なのですが、こいつだけは苦手のようです)、何かと思ったら、家の中にイニシャルGが入ってきたのだとか。わが家では久々の訪問です。
 この夏、夜でも玄関をずっと開けっぱなしにしていたので、外から入ってくることは十分にあり得ます。むしろ今まで来なかったことの方がラッキーだったと言えるでしょう。
 影を見かけてもすぐにどこかに隠れてしまうので、退治しにくい。2回ほど目撃されたあと部屋の隅っこに消え去りました。夜寝ている間に体の上を這われたらたまったもんじゃないなあ、ということで仕掛けましたよ、ゴキブリゾロゾロ(わが家のはホイホイではない)。せっかく久しぶりに熱帯夜から解放されたというのに、今夜も眠れない夜を過ごさねばならないのかと思うと、イニシャルGへの憎しみは増すばかり。

 が、朝見たら、ちゃーんと1匹かかってました。やった!
 「おい、これがゆうべ見たやつか?」と僕。子どもたち「たぶんそうだと思う。一瞬見たときはもっと大きく見えたけどね」
 よし、たぶんこれだろう。よかった、よかった。これで今夜から枕を高くして眠れる(って、一晩だけだったんだけどね)。こいつ、つかまってから12時間以上はたつと思いますが、まだ動いています。ダイハードなんだなあ。だからこいつらは嫌われるんだよ。いけ好かないやつですが、記念のためにスケッチしておきました。いやいや、研究のためです。
 (追記:あとで洗剤をかけて息の根を止めました。)

 しかし、事件が解決したと思ったら実はまだ続いていたというのが、ホラーストーリーのお決まりのシナリオなのですよねー。……まさか、Another G??