今年も梅干し2011年08月06日


今年は大粒で50個

 今年も梅干しを作っています。2004年から始まった梅干し作りも今年で8回目。速いものだ。毎年2キロづつ漬けているのです。今年は大粒で50個。
 6月30日に漬け始めたのですが、7月の末に天日干ししようと思っていたら、そのころからずっと天気が悪くて、なかなかチャンスがありませんでした。今日もそんなに良くはないけれど、いつもよりは日が射しているので、とにかく干すことにしました。




震災から3か月2011年06月11日

 3週間も記事を書きませんでした。しかも最近は1週間か10日に一度の更新で、頻度が低くなっている。日々の慌ただしさが原因です。
 さて、今日は大震災から3か月目。世界各地でいろんなイベントが行われましたが、ぼくはその中で、6.11 脱原発100万人アクションに参加しました。行ったのは東京港区の芝公園。
雨がようやく上がって

 ぼくは社会活動家ではありません。今までデモに参加したことはありませんでした。でも、今回の福島原発事故については、他人事として放っておくわけにはいかないという思いをこの2か月あまりずっと持ち続けています。微力でも声を上げること、何かの行動を起こすことが必要だと思い、ちょうど今日は3か月目の節目、いい機会なのでデモに参加することにしました。とにかくフツーの市民が声を上げていくことが、社会を変えていく力になると信じています。
 初めてなので新鮮でしたね。できればプラカードを作って持っていきたかったけど、ゆうべまで締切ギリギリの仕事をしていたから、さすがに時間がありませんでした。近々作って、次回のデモに持っていきます。
 朝からけっこう本格的に雨が降っていて、集会が始まった1時半頃もまだ降ったりやんだりの状態だったので、ちょっと心配でしたが、そのうち上がって、デモが始まるころには晴れ間も見えました。
 いろんな年代の人たちがいたけれど、年配の方が多かったことに驚かされました。集会では1時間立ちっぱなし、そのあとデモ行進で約7km 歩きっぱなし(芝公園から、経済産業省、東電本社を経て東京駅まで)。終了は午後5時15分頃でした。体力がなくてはデモもできません。みなさん、がんばっていました。
 主催者発表では参加者は5千人。でもそれはちょっと水増しだな。NHKニュースでは2400人と報道されていました。まあ、そのくらいか。でも、多かったことは確かです。これくらいの人数になるとNHKはじめマスコミも絶対に無視できません。7時のニュース、BSニュースなどに出てきました。うれしいことです。こうやってみんなの意識を高めていければと思います。
 でも、まだ参加者が少ないのですよ。まだまだ日本人は原発の問題を他人事だと考えていると思います。原発をここまでのさばらせてしまったのは、私たちの無関心だ、ということを鎌仲ひとみさんという、ドキュメンタリー映画監督がおっしゃっていますが、ほんとうにそのとおりだと、我が身を省みて思います。その無関心をついて、政府が莫大なお金をかけて行ってきたプロパガンダに洗脳されてしまったわけですからね、日本人のほとんどが。
 この鎌仲ひとみさんの映画については、また稿をを改めてお話しします。
 昔の学生運動家みたいな深刻さや硬直したやり方は逆効果ですが、しなやかな姿勢を保ちつつ、とにかく息長くこの問題に関わっていくことが大切だと思います。私たちや子どもたちの命に関わる問題なのだから。

脱原発へ2011年04月20日

 僕が出入りしているFacebook はこのひと月、まるで大震災情報交換センターのようになってしまいました。僕自身の記事もそうです。特にここ2週間ほどは原発のことばかり書いています。
 今回の福島第一原発事故で悲しみと憤りと不安と焦燥の日々を過ごすようになり、どげんかせんといかんと思ったぼくは、原発のことを少しずつ勉強するようになりました。そしてわかったことは、自分がいかに原子力や核について無知だったかと言うことです。広島長崎の原爆のことさえ、知っていたことはほんの少し、しかしそれはどこか自分の意識の中では、遠い日の遠い場所の話と捉えていました。今の私たちに間違いなくつながっているのに、どうつながっているのか、ほとんど知らなかったのです。原発のことも、信用はしていなかったけれど、やむを得ない現実なのかな、という諦めに似た気持ちで見ていました。
 しかし、今はっきり言えます。原発にはNOというべきだと。
 つい先日読み終えた本があります。『内部被曝の脅威——原爆から劣化ウラン弾まで』(肥田舜太郎/鎌仲ひとみ共著、ちくま新書、2005年)。これを読むと、今私たち自身を含め、世界中のほとんどの人間が被曝していると言っていいくらい、危険な環境におかれていることがわかります。放射性物質とは何か、放射線とは何か、核エネルギーとは何か、それが人間や地球にどういう影響を与えるのか、そして、原発は安全だとかクリーンエネルギーだというのがどれほどの欺瞞か、がよくわかります。国が国民をいかに騙すかも。

 城南信用金庫の吉原毅理事長がつい先日、脱原発の宣言をしました。YouTubeで見られます。勇気ある発言です。それから、ソフトバンクの孫正義社長は事故直後から原発への不信を表明していましたが、つい先ほど、私財10億円を投じて脱原発・自然エネルギー開発の財団法人を設立すると発表しました。被災地に100億円の義援金を寄付したことは皆さんご存じですね。
 こういう人たちはほんとうに企業人の鏡です。希望が見えたような気がします。
 脱原発にせよ、憲法九条にせよ、沖縄基地問題にせよ、市民運動家が叫んでいると、熱心にやればやるほど一般の人たちは、自分たちには関係のないことさと冷ややかに眺めるだけで、結局いつまでたっても事態は動きません。山が本当に動くためには、一般の人たちが、問題を自分のこととして捉え(というより、気づいて)声を上げていくことが必要なのだと思います。だからぼくも地道に、自分にできることを一つ一つやっていこうと思っています。

 残念なのは、ぼくの郷里、福井県の態度です。福井には現在14基の原発があります。原発銀座と呼ばれています。高速増殖炉「もんじゅ」もあります。今回の福島原発事故で反対の声が高まるかと思ったら、まるっきり逆の行動に出ました。地元の敦賀市長が東京にやってきて、国に「原発増設の見直しはやめてくれ、生活できなくなる」と陳情したというのです。ありゃりゃー。
 真っ先に反原発の声を上げるべき人間が、こういう挙に出る。どういうことか。地方人独特の視野の狭さを感じました。あんな大事故が起きても他人事なんですね。福島は運が悪かったとでも思っているのか。自分たちだけは大丈夫さと、根拠のない楽観をしているのか。目先のこと、自分たちのことしか考えられない。権力のいいなり。それが地球規模で迷惑をかけることなど想像もできない。僕も同じ福井人なので、言わせてもらいましょう。この田舎もん! 
 さらにあきれたのは、福井新聞の社説。菅首相が原発見直しを発言したことを批判したのです。いったいそれであんたたちはジャーナリストか、と言いたくなります。いったいどっちを向いて新聞作ってるんだ。……そのことはFacebook にも書いたので、ここでは繰り返しません(って、もう繰り返したけど)。

 ぼくたちは、大変な時代に、大変な環境に生きているのですよ。そしてそれはみな、人間の欲望から生じたものなのですね。なんとかしなきゃ!

ていねいに思索する2011年04月05日

 震災後の生活の急変で心の整理がつかないまま日々を過ごしていますが(被災地の人たちに比べればずっとずっとましなはずのに)、被災地支援の活動も含めてあわただしく過ごしているうちに新年度になってしまいました。しかし、今日までの数週間は、速いと言うより、まだひと月たっていないんだという感覚の方が強いですね。
 地震以来、どうも文章を書きづらくなってきました。何かを書き始めると、そこから次々にさまざまな方向へ思考が発展していって、あれも書きたい、これも書きたいという思いにとらわれるし、一方で、これは書けない、あれも書けないという正反対の方向の力も働きます。言葉の選び方や使い方がつい慎重になります。

 自分の気持を後ろ向きにさせようとする力との闘いもけっこうたいへんです。何が最も心に重くのしかかっているかというと、原発事故です。
 テレビの(特にNHK の)ニュースにうんざりしていて、あまり見ないようにしています。原発のことを何だかんだ言っているけれど、結局本当のことは伝えていないんだろうなと思うから。東電も政治家もマスコミも、日本のこと・世界のこと・生きとし生けるものたちのことをまるで考えていないんじゃないかという怒りが、見ていてわき起こってくるのです。
 しかし、だからと言って、テレビをまるっきり見ないわけにはいきません。だから、新聞やインターネットなど、他のメディアも使いながら総合的にものを見ていきます。情報はどうしても必要だから何かは使わなくてはいけないのですが、何を使うにせよ、一面的に一つの情報源に頼るのではなく、複数のものを用いて、より正確なものを取り出すようにする。
 そのために私たちに必要なのは、単に情報だけではなく、判断や思索の仕方を教えてくれるものですね。その方法を身につけることが重要なのですが、でも意外に人はそのことを語りません。情報さえあればいいと勘違いしているところがあります。材料があっても料理の仕方を知らないんじゃだめですよね。
 今に始まったことではありませんが、生きていくときに、ていねいに思索することはとても大切だとぼくは思っています。ものごとを単純化せずに、複雑な現実をひとつひとつていねいに観察して、思いを巡らしていくこと。こんがらかった現実をできるだけありのままに観察し、分析し、そこから正しいものを引き出すこと。そういう姿勢を持ち続けたいと思います。
 こんなこと言ってるけど、ぼくは実はめんどくさがり屋で、適当なところで考えるのやめています(笑)。

 地震後もちゃんと走り続けています。参加を予定していたマラソンが相次いで中止になるものだから、直後はちょっとがっかりしたのだけれど、気を取り直して走り始め、元どおりのペースを取り戻しました。
 ランニングを再開したころ、自分なりに、くじけちゃいけないという思いで走りました。というか、地震を口実にして怠慢な自分に戻ろうとしてるんじゃないかとも思ったし。まあ、この辺の、がんばる勇気とがんばらない勇気のバランスもけっこう難しいんですけどね。これも一面的に論じるのはやめましょう。
 とにかく、再開ランのとき、走っている途中で、なんて今日は体が重いんだと、ちょっとひるんでしまいそうになりましたが、絶対にここで立ち止まらない。……そんなふうに自分を励まして、いつもどおり10km 走り通しました。
 今、全国的に自粛ムードが高まっていて、日本人はそういう空気にすぐ染まってしまうのですが(どこかの都知事は戦争状態が好きだから、自粛を強要する)、そういうムードが確実に人々の生きる意欲を侵蝕してしまっているところがあるように思うのです。無意識のレベルでそんな力が働いているのが特に怖い。だからやっぱりひるんではいけないと思います。ひるまないために、ぼくは走ります。それが被災地の方々に直接どんな力になるのかはわからないけれど、まずは自分の気力が衰えてしまうことを、なんとしてでも防ぎたいのです。
 体を動かしつつ、思考します。今の僕にとっては、走ることとていねいに思索することは、生きる両輪のようなものです。日本を再生させて、本当に良い方向へ持っていくためには、微力であっても自分にも何かはできるだろうと信じてやっていくのが一番いいはずです。

ただちに健康に影響はない2011年03月22日

 連日報道される原発事故のニュースで必ず聞かされるセリフが「ただちに健康に(人体に)影響はない」というものです。まさに耳タコ。今年の流行語大賞が早々と決まったのではないでしょうか。そして今年の漢字は? 

 かすみがうらマラソンの中止が今日、決定しました。予想どおりです。実は、板橋マラソンが中止になってから、意欲がかなり落ちていました。ハーフまでなら別にどうってことないのですが、フルとなるとそれなりに心も体も準備しないと実行できるものではありません。先週末もいつもどおり10km 走ったけど、フルのための練習として30km 40km を走る気力が今はありません。
 地震が微妙に心に影響を与えているようです。

 そんな中、「聖☆おにいさん」第5巻をトイレで読んだのですが(別にトイレでなくてはいけないわけじゃなくて、ふとんの中でも読んだんですけどね)、やっぱりこれは笑える。よく考えてますよ。いいマンガです。こんな日々に、それこそ救われます。

さて、何を語ろうか2011年03月22日

 ぼくが今まで生きてきて、、それ以前と以後で確実に世界は変わったと思われる事件(事故)が4つあります。最初は大学生の時、つきあっていた彼女にふられたこと(笑)、2つ目は86年のチェルノブイリ原発事故、3番目は2001年の9.11テロ。そして4番目が、今度の東日本大震災です。
 大震災の発生した3月11日が同時多発テロのちょうど10年後であること、そしてこのテロと半年違いの日付になっているのは、不思議な符合に思えます(アメリカがテロである点、日本が自然災害である点が、いかにもそれぞれの国情を表しているような)。
 そしてこの大震災は、あるジャーナリストも言ってますが、それ以前とそれ以後で、日本の歴史をはっきり区別するものになってしまいました。
 今、何を語るにしても、また今後何をするにしても、この事実から目を逸らして考えたり語ったりおこなったりすることは絶対にできないと思います。それくらい今度の地震、中でも原発事故は重大な意味を持つはずで、私たちは、そのことに鈍感でいることはできないでしょう。
 原発事故のニュースを見聞きしていると、日本も世界も、進む道の再考を迫られていると、ぼくは真剣に思っています。
 今、確実に日本の水と土壌は汚染され始めています。ジワジワと。「ただちに健康に影響はない」という言い方がくせ者です。「ただちに」ではなく、数年後、数十年後に自分だけでなく、子どもたちにも影響が現れていく(人体で最初に影響を受けるのは生殖器だそうです)。問題は放射線ではなく、放射性物質なのだということ。そのあたり、巧妙なトリックでごまかされているようで、私たちはもうちょっと勉強していった方が良さそうです。
 そして悲観的な予想としては、このような事態に至っても、日本の政治家や原子力関係者たちは、やはり原発を中止することなく推進しようとしていくような気がしてしまいます。

 第二次大戦で亡くなった人の数は、最後の1年だけで総数の半分を超えていたのだそうです。勝ち目のない戦いであるにもかかわらず、政治の中枢にいた人があらゆる場面で判断を誤り、国民を騙し続けて、国民を見殺しにした結果です。
 それと同じことを今、日本の政治家たちはやっているような気がします。民主党なんて自民党と何の違いもない。能力が低い分だけよけいタチが悪く、もっと悲惨な結果を招くのではないかとさえ思えてきます。

 しかしもし日本人が(外国籍の人も含めて、日本に住む人々が)賢ければ、もう一つの選択 Alternative があり得ます。この悲惨な災害と事故を教訓として(それは多大な犠牲を伴うものだったけれど)、欧米とは異なる形の豊かな社会(昔、日本はその一部を持っていたはずです)を築く方向に進めるのではないかという可能性です。言うまでもなく、そのための重要な条件は「脱原発」です。
 日本が地震や台風の自然災害の頻発する国であることを念頭に置いて国作りをすることを、もっと真剣に考えてはどうでしょうか。そして、もう一度、今度こそ本気で、真の豊かさとは何かを自分たちに問うて、他国をモデルとしない日本独自の、しかも普遍的価値を持つ健全な社会を作っていくことです。そうすることで、世界に向けて日本からしか発信できない英知を示すことができるような気がします。

 まだまだ考え、語らなければいけないことがあります。でも、変に深刻になると頭がおかしくなってくるので、今日はこの辺で。

ケータイはどこまで役に立つのか2011年03月12日

 大地震が日本列島を(文字通り日本列島を)襲ってから一夜明けました。
 世界最大級の規模というのが本当に驚きです。東京では今も絶えず小さな揺れが続いています。東北はもっと大きな揺れが頻発しているのではないでしょうか。テレビとコンピュータをつけっぱなしにしていますが、信じがたい状況が次々と報告されています。
 天災は忘れた頃にやってくる、と言いますが、今はあちこちで、忘れる間もなく次々に天災が襲ってきています。時を選ばず、ゲリラ的に来るから恐怖です。
 最初の地震が起きた午後2時46分には、ぼくは神楽坂の教会で会議中でした。日ごろは家で仕事をしていることが多いのですが、この日はたまたま外出。すぐに家族に電話をしましたが、ケータイがつながりません。会場には50人ほどの出席者がいましたが、みなさん、連絡を取ろうとしたり、情報を得ようとケータイを見たりしているのですが、通話はほとんど不可能のようでした。

 都内の電車がすべて止まってしまったので、ぼくは自宅まで15km 3時間ほど歩いて帰りましたが、途中、高田馬場駅前をはじめ、公衆電話には長蛇の列ができていて、ごった返していました。最近ではすっかり人気のなくなった公衆電話が、こんな災害時に活躍するというのが皮肉です。ケータイは緊急時に役立ちますが、すべての人が緊急事態にあるときには意外に使えなくなってしまうということがよく分かりました。
 通話はまったくダメ。Cメールはほとんどダメ。Eメールは時間差で届きます。インターネットで情報を得ることは可能でした。
 娘の話だと、ツイッターがかなり大きな情報元のようです。ぼくも実はアカウントを持っているのですが、ほとんど使っていません。

 歩道は、ぼくと同じように歩いて帰宅する人たちであふれていました。バス停にも長蛇の列。早稲田通りでは車が渋滞。ヘルメットをかぶって歩いている3人の若い女性がいたけれど、職場で借りてきたのかな。男性サラリーマンでも一人ヘルメットをかぶっている人がいたし、ずいぶん準備がいいものだと感心しました。
 
 靴の話をしましょう。靴は歩きやすいものを普段から使っていた方がいいと思います。ぼくは服でも何でも、そんなにいい物は使ってませんが、靴に関してだけは、ランニング用だけでなく普段の生活で用いる靴にも、若い頃から気を遣っています。何かがあったときに走れない靴は使わないというのが、基本姿勢。
 きのう履いていた通勤靴もウォーキングに適したものだったので、歩いての帰宅には役立ちました。靴ズレを起こすこともないし、足が痛くならないのです。ハイヒールを履いている女性は大変だったんじゃないかな。

 それから、日ごろランニングをやっていることが、こういうときに生かされました。ふだんから10km 走ってますから、15km 歩くくらいは全然苦になりません。抵抗なくやれる。そういう心理的な影響は結構大きいと思います。もちろん、服装が違うことや荷物を持っているのが、若干ストレスにはなるのですが。

 それにしても、東北の人たちのことが案じられます。何とかみんなで力を合わせて一日も早い復旧をしたいですね。がんばれ、ニッポン!

面白かったテレビ番組2011年01月03日

 元日と昨日、いつもより長くテレビを見てました。実業団対抗駅伝、箱根駅伝など正月ならではのスポーツももちろん面白いのですが、今日はスポーツ以外の3つ面白いテレビ番組について、感想を述べます。

 一つ目は、元日19:00からのNHK-BS「イチロー特別対談」。糸井重里、住吉美紀との対談です。2時間でしたが、最初から最後まで引き込まれて見ていました。やっぱりイチローはただ者ではないと思いましたね。イチロー語録ってよく言うけれど(そんな本もあります)、会話そのものが面白い。また糸井重里さんもこういう対談が上手で、軽妙に進めながら、でもけっこうことの本質は突いていきます。そこがいい。二人とも賢い人たちなので、話のレベルが高くて深いのです。
 ここでいうレベルの高さとは、物の見方におけるレベルの高さを指します。イチローくらいの人たちも苦悩するのですが、苦悩のレベルが常人とは違う。しかし、だからといって、そこで話されていることが私たち常人とは無関係の世界かというと、確実につながっていて、学ぶべきことがたくさんあります。
 イチローのやり方の根底にあるものを糸井さんが「Sustainable(持続可能)なんですね」と、一言で言い表していたのが、実に納得。要するに、無意味ながんばりはやめようよ、ということです。日本社会では今もそういうところで評価されちゃう傾向があるでしょう。それはおかしいのですよ。ぼくもものごとを行うときは、できるだけ Sustainableでありたいと努めているのです。その考え方をイチローも実践しているのは、うれしいことです。

 二つ目は、昨日18:05からのNHK総合「ヒューマンドキュメンタリー—志村ふくみ」。この人の本を数年前に数冊読んだことがあります。色彩はグラフィックデザインに欠かすことのできない要素です。常日頃関わっている印刷上のCMYKのプロセスカラーとかコンピュータ上の色彩だけでは、どこか偏っていると感じた僕は、色彩についてもう少し突っ込んで勉強したくて、染織家であるこの人に興味を持ち、本を読んだのです。展覧会も見に行きました。
 日本の伝統的な色彩の世界は豊かで、かつ奥が深く、色彩のとらえ方に新しい視点が与えられます。昨日の番組は、そのことをまた改めて教えてくれました。日本の色彩なんだけど、ゲーテの色彩論にもつながっているところが面白い。普遍的でありながら独自でもあると言うことです。
 志村さんは人間国宝で、現在86歳。しかし、頭脳明晰で、感覚がやたら若い。クリエイティヴな人ってそんなもんですね。見てくれだけの若さに振り回される人は、結局若いのでももなんでもないのです。思考や感覚のみずみずしさこそ重要ではないか、と志村さんを見るたびに思いますね。

 三つ目は、同じく2日、22:10からのNHK総合「北斎・幻の海」。大好きな北斎の絵に関するドキュメンタリー。有名な「富嶽三十六景」に続く傑作「千絵の海」という10点シリーズの版画がフランス国立図書館で発見されたことから、復刻版の制作、そして北斎の絵画技法に関する新たな発見へとつながる、ワクワクさせられる内容でした。
 「千絵の海」、僕は知りませんでした。フランス語でL'océan de Mille Images (ロセアン・ドゥ・ミリマージュ)という訳がまたかっこいい。日本には10点揃った完全な形では残っていなくて、数点がバラで保存されているだけなのだそうです。数年前の大々的な北斎展でも見なかったし、本にも紹介されていませんでしたからね。しかし、きのう番組で見ていたら、どれも構図・色彩・造形ともにすごい絵で、確かに「富嶽三十六景」に並ぶ傑作だと思いました。
 ちょうど大晦日に、『北斎漫画』を開いて感覚を新たに研ぎ澄まそうと思っていたところ。ダ・ヴィンチもそうだけど、天才の仕事には限りなく謎があり、限りなく発見があります。北斎について、また一つ新しいことを学びました。日本美術はすばらしいよ。
 
 今年はどこにも出かけず、家で休むだけの正月ですが、こんな番組見て心が豊かになっってます。