あけましておめでとうございます2013年01月01日


いろいろ遊んでます。

 あけましておめでとうございます。いろんな問題が自分の周りにも日本にも世界にも山積ですが、そんな中で無事に新年を迎えることができました。これは奇蹟ですね。
 ここを訪れてくださる皆さまのおかげで、昨年もブログを続けることができました。ありがとうございます。また、大病も怪我もなく健康が守られ、多くの人に支えられて一年を過ごすことができたことを感謝しています。どうぞ今年もよろしくお願いします。

 今朝7時前に、走り初めをしました。いつものように公園内を10km 。今年は2月末に東京マラソンを控えてるし、3月には荒川にも出る予定(どちらもフルマラソン)。本格的に準備をしなければ、悲惨な結果になってしまいます。11月のつくばマラソンのあと、先月は走る回数が減ってしまったのです。これではいけません。ちょっと気持ちを入れ替えましょう。
 元旦早々、公園では大勢の人たちが走ってました。皆さん走り初めですね。

 さて、今年は柄柄蛇(ガラガラヘビ)の年賀状でご挨拶です。日ごろ、どうしてもコンピュータによっかかって仕事をすることが多いので、もっと手作り感を取り戻したいという気持ちがありました。なので、今回は90%手描きで作ってみました。
 柄柄蛇という基本アイデアは10月の中頃に、あるテレビ番組を見ていて思いついたのですが、その後あれこれ思い浮かんで、最終的にこうなりました。視覚的にいろいろ遊んでます。今年は、こんなふうに手描きを重視して、しかも目いっぱい描いていく姿勢で、作品を作っていきたいと思っています。

今年の僕の漢字 「続」2012年12月18日

 毎年、「今年を表す漢字」というのが12月に発表されますが、あの手のものは、どうとでもこじつけの理由をつけられます。今年は「金」ですね。他にもうちょっと適したものが何かありそうな気がしますけど。

 で、僕も漢字を選んでみました。もちろんたった一つの漢字ですべてを語れるわけはありません。いくつもの漢字、いくつもの言葉が思い浮かびます。その中から、とりあえず選んでみようということです。
 選んだのは「続」という漢字です。
 この文字そのものの価値やニュアンスは中立的で、いい意味も悪い意味も含まれます。それは使う人次第でしょう。
 まず、いい意味での「続く」。僕がものごとを「続ける」ことの大切さを強く感じるようになったのは、いつ頃だったでしょうか。歳を重ねれば重ねるほどそのことを思い、実行するように努めてきました。結局どんなことも、地道に続けるのは難しいものです。でも、続けることができたらそれはすばらしい。
 中途半端に終わってしまったことの方が多くて、続けられることはほんのわずかです。忍耐力がなくて、あるいは飽きてしまって、すぐに挫折してしまう。それでも続けること。そうやって、ほんのわずかでも、続けることのできるものがあったら、それはすばらしいことです。続けるために必要なものって何でしょう? 決断力、忍耐力……。それから、もう一つ、気張りすぎないことかなと思ってます。
 一方、悪い意味の「続く」。自分の思いとは関係なく(いや、ものによっては自分が原因で)、「続いて」しまうものもあります。病気にせよ仕事にせよ人間関係にせよ、また社会的な事件や課題にせよ、困った問題が続くのは、気が滅入るものです。自分の力が及ばないとなおさら気が滅入るし、扱いが難しい。でも、時に、それを受け止める必要もまたあるのです。できれば早く断ち切りたいけれど、そう簡単にはいかない。だったら、どうつきあうか、どうやっていい方向へ持っていくか、そんな工夫をしながら日々を過ごしていくこともまた大切です。終わらせることができるものはもちろん終わらせるように努めるけれど、自分の意志とは関係なく続くものを、どう主体的に引き受けるか。これといった処方箋はありません。一つ一つ対処していくしかないでしょう。
 と、こんなふうに「続」を巡って日ごろ考えていることを書いてみました。そしてこの漢字は2012年で終わるのではなく、来年もやっぱり「続く」のです。

出水芙蓉2012年10月21日


ガラスの急須で入れました

 妻が職場の同僚の人から台湾土産をもらいました。工芸茶というもので、袋には「 出水芙蓉」と書かれています。草で包んだ小さな団子のように見えるのですが、お湯に入れるとふわーっと広がってお湯の中で花を咲かせるのです。水中花のような感じですね。キンモクセイや百合やジャスミンの花と茶葉を組み合わせて作るようです。
 3日前の夜に家族で飲みました。ジャスミン茶の香りがして、とても気持が休まりました。飲む前に大慌てでスケッチして(みんなが待っているから)、きょう彩色しました。家でいつも使っているガラスの急須に入れたのですが、このお茶を飲むにはちょっと高さが足りなかったようです。あとでインターネットで調べたら、ワイングラスのような(しかも白ワインを入れる大きなグラス)深さのある容器の方が、花が上下にしっかり広がって美しく見えるようです。

メルちゃん死去2012年06月19日



亡くなる数時間前のメル

 メルちゃんがゆうべ死にました。わが家のゴールデンハムスター。2歳と5か月ちょっと。
 5月ごろからだいぶ衰えてはいました。ヨタヨタと足取りがおぼつかなかったし、餌もあまり食べなくなっていたし、元気なころよりは痩せて、毛並みも薄くなっていました。
 3年以上生きるような気がしていたんだけどなあ。残念です。ジャンガリアンに比べると体も大きいし、ほとんど病気もせずに来たので、いつまでも生きるような気になっていました。
 お昼頃に巣箱から顔を出していたのだけれど、もう体を支える力がなくなっていました。餌をやると少しは食べていましたが、寝そべったままの姿勢で。家族で、1週間持たないかな、いや今日明日が山かな、と話していたら、夜10時過ぎに見たときには静かに呼吸を止めていました。

 いつもペットが死ぬたびに感じるのですが、毎朝、朝食の時にたとえばキャベツを見たりすると、そうだ、メルちゃんの餌にと思って、少しちぎるのです。その癖が続いて、今日もそんな風にしようとすると、そうか、もうやる相手がいないんだなあ、と気づく。ちょっと寂しいですね。

今年も梅干し2011年08月06日


今年は大粒で50個

 今年も梅干しを作っています。2004年から始まった梅干し作りも今年で8回目。速いものだ。毎年2キロづつ漬けているのです。今年は大粒で50個。
 6月30日に漬け始めたのですが、7月の末に天日干ししようと思っていたら、そのころからずっと天気が悪くて、なかなかチャンスがありませんでした。今日もそんなに良くはないけれど、いつもよりは日が射しているので、とにかく干すことにしました。




震災から3か月2011年06月11日

 3週間も記事を書きませんでした。しかも最近は1週間か10日に一度の更新で、頻度が低くなっている。日々の慌ただしさが原因です。
 さて、今日は大震災から3か月目。世界各地でいろんなイベントが行われましたが、ぼくはその中で、6.11 脱原発100万人アクションに参加しました。行ったのは東京港区の芝公園。
雨がようやく上がって

 ぼくは社会活動家ではありません。今までデモに参加したことはありませんでした。でも、今回の福島原発事故については、他人事として放っておくわけにはいかないという思いをこの2か月あまりずっと持ち続けています。微力でも声を上げること、何かの行動を起こすことが必要だと思い、ちょうど今日は3か月目の節目、いい機会なのでデモに参加することにしました。とにかくフツーの市民が声を上げていくことが、社会を変えていく力になると信じています。
 初めてなので新鮮でしたね。できればプラカードを作って持っていきたかったけど、ゆうべまで締切ギリギリの仕事をしていたから、さすがに時間がありませんでした。近々作って、次回のデモに持っていきます。
 朝からけっこう本格的に雨が降っていて、集会が始まった1時半頃もまだ降ったりやんだりの状態だったので、ちょっと心配でしたが、そのうち上がって、デモが始まるころには晴れ間も見えました。
 いろんな年代の人たちがいたけれど、年配の方が多かったことに驚かされました。集会では1時間立ちっぱなし、そのあとデモ行進で約7km 歩きっぱなし(芝公園から、経済産業省、東電本社を経て東京駅まで)。終了は午後5時15分頃でした。体力がなくてはデモもできません。みなさん、がんばっていました。
 主催者発表では参加者は5千人。でもそれはちょっと水増しだな。NHKニュースでは2400人と報道されていました。まあ、そのくらいか。でも、多かったことは確かです。これくらいの人数になるとNHKはじめマスコミも絶対に無視できません。7時のニュース、BSニュースなどに出てきました。うれしいことです。こうやってみんなの意識を高めていければと思います。
 でも、まだ参加者が少ないのですよ。まだまだ日本人は原発の問題を他人事だと考えていると思います。原発をここまでのさばらせてしまったのは、私たちの無関心だ、ということを鎌仲ひとみさんという、ドキュメンタリー映画監督がおっしゃっていますが、ほんとうにそのとおりだと、我が身を省みて思います。その無関心をついて、政府が莫大なお金をかけて行ってきたプロパガンダに洗脳されてしまったわけですからね、日本人のほとんどが。
 この鎌仲ひとみさんの映画については、また稿をを改めてお話しします。
 昔の学生運動家みたいな深刻さや硬直したやり方は逆効果ですが、しなやかな姿勢を保ちつつ、とにかく息長くこの問題に関わっていくことが大切だと思います。私たちや子どもたちの命に関わる問題なのだから。

脱原発へ2011年04月20日

 僕が出入りしているFacebook はこのひと月、まるで大震災情報交換センターのようになってしまいました。僕自身の記事もそうです。特にここ2週間ほどは原発のことばかり書いています。
 今回の福島第一原発事故で悲しみと憤りと不安と焦燥の日々を過ごすようになり、どげんかせんといかんと思ったぼくは、原発のことを少しずつ勉強するようになりました。そしてわかったことは、自分がいかに原子力や核について無知だったかと言うことです。広島長崎の原爆のことさえ、知っていたことはほんの少し、しかしそれはどこか自分の意識の中では、遠い日の遠い場所の話と捉えていました。今の私たちに間違いなくつながっているのに、どうつながっているのか、ほとんど知らなかったのです。原発のことも、信用はしていなかったけれど、やむを得ない現実なのかな、という諦めに似た気持ちで見ていました。
 しかし、今はっきり言えます。原発にはNOというべきだと。
 つい先日読み終えた本があります。『内部被曝の脅威——原爆から劣化ウラン弾まで』(肥田舜太郎/鎌仲ひとみ共著、ちくま新書、2005年)。これを読むと、今私たち自身を含め、世界中のほとんどの人間が被曝していると言っていいくらい、危険な環境におかれていることがわかります。放射性物質とは何か、放射線とは何か、核エネルギーとは何か、それが人間や地球にどういう影響を与えるのか、そして、原発は安全だとかクリーンエネルギーだというのがどれほどの欺瞞か、がよくわかります。国が国民をいかに騙すかも。

 城南信用金庫の吉原毅理事長がつい先日、脱原発の宣言をしました。YouTubeで見られます。勇気ある発言です。それから、ソフトバンクの孫正義社長は事故直後から原発への不信を表明していましたが、つい先ほど、私財10億円を投じて脱原発・自然エネルギー開発の財団法人を設立すると発表しました。被災地に100億円の義援金を寄付したことは皆さんご存じですね。
 こういう人たちはほんとうに企業人の鏡です。希望が見えたような気がします。
 脱原発にせよ、憲法九条にせよ、沖縄基地問題にせよ、市民運動家が叫んでいると、熱心にやればやるほど一般の人たちは、自分たちには関係のないことさと冷ややかに眺めるだけで、結局いつまでたっても事態は動きません。山が本当に動くためには、一般の人たちが、問題を自分のこととして捉え(というより、気づいて)声を上げていくことが必要なのだと思います。だからぼくも地道に、自分にできることを一つ一つやっていこうと思っています。

 残念なのは、ぼくの郷里、福井県の態度です。福井には現在14基の原発があります。原発銀座と呼ばれています。高速増殖炉「もんじゅ」もあります。今回の福島原発事故で反対の声が高まるかと思ったら、まるっきり逆の行動に出ました。地元の敦賀市長が東京にやってきて、国に「原発増設の見直しはやめてくれ、生活できなくなる」と陳情したというのです。ありゃりゃー。
 真っ先に反原発の声を上げるべき人間が、こういう挙に出る。どういうことか。地方人独特の視野の狭さを感じました。あんな大事故が起きても他人事なんですね。福島は運が悪かったとでも思っているのか。自分たちだけは大丈夫さと、根拠のない楽観をしているのか。目先のこと、自分たちのことしか考えられない。権力のいいなり。それが地球規模で迷惑をかけることなど想像もできない。僕も同じ福井人なので、言わせてもらいましょう。この田舎もん! 
 さらにあきれたのは、福井新聞の社説。菅首相が原発見直しを発言したことを批判したのです。いったいそれであんたたちはジャーナリストか、と言いたくなります。いったいどっちを向いて新聞作ってるんだ。……そのことはFacebook にも書いたので、ここでは繰り返しません(って、もう繰り返したけど)。

 ぼくたちは、大変な時代に、大変な環境に生きているのですよ。そしてそれはみな、人間の欲望から生じたものなのですね。なんとかしなきゃ!

ていねいに思索する2011年04月05日

 震災後の生活の急変で心の整理がつかないまま日々を過ごしていますが(被災地の人たちに比べればずっとずっとましなはずのに)、被災地支援の活動も含めてあわただしく過ごしているうちに新年度になってしまいました。しかし、今日までの数週間は、速いと言うより、まだひと月たっていないんだという感覚の方が強いですね。
 地震以来、どうも文章を書きづらくなってきました。何かを書き始めると、そこから次々にさまざまな方向へ思考が発展していって、あれも書きたい、これも書きたいという思いにとらわれるし、一方で、これは書けない、あれも書けないという正反対の方向の力も働きます。言葉の選び方や使い方がつい慎重になります。

 自分の気持を後ろ向きにさせようとする力との闘いもけっこうたいへんです。何が最も心に重くのしかかっているかというと、原発事故です。
 テレビの(特にNHK の)ニュースにうんざりしていて、あまり見ないようにしています。原発のことを何だかんだ言っているけれど、結局本当のことは伝えていないんだろうなと思うから。東電も政治家もマスコミも、日本のこと・世界のこと・生きとし生けるものたちのことをまるで考えていないんじゃないかという怒りが、見ていてわき起こってくるのです。
 しかし、だからと言って、テレビをまるっきり見ないわけにはいきません。だから、新聞やインターネットなど、他のメディアも使いながら総合的にものを見ていきます。情報はどうしても必要だから何かは使わなくてはいけないのですが、何を使うにせよ、一面的に一つの情報源に頼るのではなく、複数のものを用いて、より正確なものを取り出すようにする。
 そのために私たちに必要なのは、単に情報だけではなく、判断や思索の仕方を教えてくれるものですね。その方法を身につけることが重要なのですが、でも意外に人はそのことを語りません。情報さえあればいいと勘違いしているところがあります。材料があっても料理の仕方を知らないんじゃだめですよね。
 今に始まったことではありませんが、生きていくときに、ていねいに思索することはとても大切だとぼくは思っています。ものごとを単純化せずに、複雑な現実をひとつひとつていねいに観察して、思いを巡らしていくこと。こんがらかった現実をできるだけありのままに観察し、分析し、そこから正しいものを引き出すこと。そういう姿勢を持ち続けたいと思います。
 こんなこと言ってるけど、ぼくは実はめんどくさがり屋で、適当なところで考えるのやめています(笑)。

 地震後もちゃんと走り続けています。参加を予定していたマラソンが相次いで中止になるものだから、直後はちょっとがっかりしたのだけれど、気を取り直して走り始め、元どおりのペースを取り戻しました。
 ランニングを再開したころ、自分なりに、くじけちゃいけないという思いで走りました。というか、地震を口実にして怠慢な自分に戻ろうとしてるんじゃないかとも思ったし。まあ、この辺の、がんばる勇気とがんばらない勇気のバランスもけっこう難しいんですけどね。これも一面的に論じるのはやめましょう。
 とにかく、再開ランのとき、走っている途中で、なんて今日は体が重いんだと、ちょっとひるんでしまいそうになりましたが、絶対にここで立ち止まらない。……そんなふうに自分を励まして、いつもどおり10km 走り通しました。
 今、全国的に自粛ムードが高まっていて、日本人はそういう空気にすぐ染まってしまうのですが(どこかの都知事は戦争状態が好きだから、自粛を強要する)、そういうムードが確実に人々の生きる意欲を侵蝕してしまっているところがあるように思うのです。無意識のレベルでそんな力が働いているのが特に怖い。だからやっぱりひるんではいけないと思います。ひるまないために、ぼくは走ります。それが被災地の方々に直接どんな力になるのかはわからないけれど、まずは自分の気力が衰えてしまうことを、なんとしてでも防ぎたいのです。
 体を動かしつつ、思考します。今の僕にとっては、走ることとていねいに思索することは、生きる両輪のようなものです。日本を再生させて、本当に良い方向へ持っていくためには、微力であっても自分にも何かはできるだろうと信じてやっていくのが一番いいはずです。