ゆく年、くる年、また走る敏 ― 2011年12月30日
いよいよ今年も終わりです。昨日、年賀状の印刷が終わりました。今日は一言を添えて宛名書きをする予定です。結局、毎年
ギリギリになって作っています。以前は、イラストレーター・デザイナーなのに、こんなんじゃだめだなという出来が多くて、いつも情けない思いをしていたので(あーあ、自分の実力なんてこの程度か、と)、近年は少し力を入れるようになりました。
びっしり描き込むかどうかよりも、アイデアとセンス、そして全体の仕上がりがプロとしての最低ラインをクリアしていること、それが重要です。
年があけましたら、去年と同じように、年賀状をこのブログで掲載いたします。
年末に生真面目・深刻な話で締めくくるのもどうかとは思いますが、どうしても一つ整理しておかないといけないと思っていることをお話ししたいと思います。これは独り言です。ですからつまらないと感じられたら、お読みにならなくて結構です。
この一年、やはり大震災と原発事故が僕の上に大きく覆いかぶさっていて、日本全体もそうだろうけど、僕自身の生活や仕事にもその影響が出ました。それはこれからもずっと続くでしょうね。物理的にも精神的にも。
直接被災したわけじゃないのに、重苦しい鉛のようなものがずっと心のどこかにのしかかっている日々でした。……でした、と過去形にできればいいのですが
、まだ続いているかもしれません。
特に大きく重くのしかかったのは原発事故で、その後の日本全体の動きを見ているうちに、日本人の意識構造が戦前からほとんど変わっていないんじゃないかという思いにとらわれるようになりました。以来、政治にもマスメディアにも強い不信感を抱いています。以前にも増して、テレビを見る気がしなくなっています。
日本にほんとうのジャーナリズムはないのかもしれない、という確信を抱くようになりました。原発に関して、メディアは政府の大本営発表を垂れ流すだけ、そして「国民」はそれを疑いもせず(いや、疑っている人は間違いなくいたのだけど、耳を貸す人は少なかった)、将来は大丈夫と、根拠なく信じて暮らして来たのですね。それはまったく戦前と同じではないかと思っています。
自分も含めて、あの敗戦から日本人は何も学んでいなかったのかと、ちょっと絶望的になります。
でも、実は希望もちゃんと持っているのです。まるっきり悲観的になってるわけではありません。現実を直視しながら、でも希望を持ち、行動する、ということですね。それが大事だと思っています。正しくものが見えて、しっかりと行動している人はたくさんいるし、まわりや目の前のものをきめ細かく見ていけば、可能性はそこらじゅうにあることがわかります。そして、もう一つ重要なのは、歴史から学ぶことでしょうね。そのことが、指針を示してくれるのです。
今年、エントリーしていたマラソンが3つとも大震災のために中止になり、どこかで少しずつ走る意欲を失っていました。忙しさを口実に、走る回数を減らしていました。完全にやめてはいませんでしたが。
でも、年の暮れにまたランニングを復活しています。以前の状態に戻りつつあります。新しい年には「また走る敏」でやっていきます。
このブログを訪れてくださる皆さま、今年一年もありがとうございました。心から感謝いたします。どうぞ来年もよろしくおつきあいください。
2012年が皆さまにとっても実りのある年となりますように、お祈りしております。
コメント
_ KouKou ― 2012/01/01 09:11
_ 雑虫 Zomushi ― 2012/01/01 13:47
KouKouさん、ありゃりゃりゃー、誰かと思ったら……。
あけましておめでとうございます! どうぞ今年もよろしくお願いします。
昨年は日本中が厄災の年でしたが、今年少しでもみんなが発展するように祈りたいですね。どうぞKouKouさんも、健康が守られますように。
それにしても、なんでまた改名を?
あけましておめでとうございます! どうぞ今年もよろしくお願いします。
昨年は日本中が厄災の年でしたが、今年少しでもみんなが発展するように祈りたいですね。どうぞKouKouさんも、健康が守られますように。
それにしても、なんでまた改名を?
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