被災地支援Tシャツ ― 2011年12月03日
日本基督教団西東京教区から、東日本大震災被災者支援Tシャツを販売することになり、デザインを担当させていただきました。最初に話が来たのが10月末、それから1か月以内にデータを仕上げるというものすごい急な仕事で、他の仕事も抱えていたため、スケジュール
的にはかなりハードでしたが、先月末にデータを予定どおり無事、入稿しました。
Facebook ではすでに
6日前(27日)に報告しました。Tシャツの製作は韓国の会社。生地がなかなか丈夫で、安くてお買い得です。納品は今月20日の予定です。どれも1枚1500円。
簡単にデザインの解説をいたします。
上の切り株の絵は、イザヤ書11章、エッサイの株とイメージを重ね合わせ、倒れた切り株から伸びてくる、復興の希望を表しています。これが今後、西東京教区の被災者支援のシンボルマークになるかもしれません(そういう意見が出ています。決定ではありません)。
下の花の絵は、サムエル記3章10節より。「僕(しもべ)は聴いています」を下敷きにして、被災者の声(と神様の声)に耳を傾けることで寄り添う姿勢を表しています。視覚的には「ルビンの壺」をモチーフに、対話の顔と希望の花を表しています。
自分としてはできあがりに満足しています。自己満足に陥らず、なるべくみんなに着てもらえる絵柄を作ったつもりです。
現物が届いたら、また掲載します。
無防備であること ― 2011年12月07日
数年前まで、夏になると、子どもたちの夏休みの宿題を兼ねた楽しみで、チョウやガやアブラゼミの羽化の観察をしていました。これがなかなか面白い。生命の神秘を学べます。
季節外れの話題でごめんなさい。
夏の夕方、家の近くを歩いていると、暗がりの地面を這っているセミの幼虫をたまに見つけます。つかまえて持って帰り、カーテンや植物の幹につかまらせると幼虫は登り始めます。ある高さまで来ると(どの高さという法則があるのかどうか、わかりません。ほっとくとどんどん登ってしまうこともあります)、ふと止まって、しばらくじっとしています。
やがて背中が割れて、成虫が中から出てきます。その様子をカメラやビデオで撮影するのは結構忍耐を要する作業です。3年前に撮影した写真を掲載しておきます(ピンぼけですが)。
出てきたばかりの成虫の羽は、白くてクチャクチャです。体も薄茶色。黄緑に縁取られた半透明の羽がとても美しいのですが、同時にその柔らかい体は、たやすく殺せるくらいにか弱いものです。
完全に体が出たあとも数時間、セミは抜け殻にぶら下がって、羽が伸び、体ができあがるのを待ちます。この時間がとても大切なのです。チョウもそうですが、羽が伸びるのに十分な空間と時間がなければいけません。その間、成虫は何もできない。ただ、待つだけです。
いつもいつも成功するわけではなさそうです。わが家で飼っていたカブトムシの1匹が、サナギの時に部屋作りに失敗し、土の中に広い空間をなかったために羽を伸ばすことができず、羽化のあと数日で死んでしまったこともありました。羽化がどれほど大変かを知らされました。
ぼくはそれらの観察でわかったのです。生き物は、生きていくための非常に重要な行為、たとえば誕生(親の立場で言えば出産)、孵化、化、睡眠、あるいは生殖、といった場面では徹底して無防備であり、誰かに守られていなかったら生き延びることができないのだと。これはあたりまえのように見えて、実はあたりまえではなく、見過ごしてしまう真実だと思いました。
よく人は「自立」ということを口にします。いつの時代からでしょうか。一人で生きていくことが大切で、強くなくてはいけないという前提が自明のこととされて、言葉の吟味もあまり行われずに、自立が論じられる。しかも一部の人たちは、自分たちが生まれてからずっと自立して生きてきたと錯覚して、その考えを人にも強要したりします。
でも生命の本質的なあり方として、人間を含めたすべての生き物は、守ってくれる存在を必要とするのです。そのことを見過ごして「自立」を語るのは、どこか的外れなんじゃないかと、ぼくはこの頃から考えるようになりました。
生物たちは、生命の節目節目で無防備になることをわかっていて、敵に襲われないように工夫して生きています。そしてそのリスクの高い時間だけは、どうしても何かに身を委ねて過ごさざるを得ないわけです。
私たちは守られなければ生きていけない。生きることは
そのまま、守ってくれる存在を必要とする
ことなのだと思うのです。そのことに思いをはせることができるかどうかで、世界の見え方と過ごし方が、実は大きく違ってくるんじゃないでしょうか。
「絆」か…… ― 2011年12月13日
今年の漢字に「絆」が選ばれましたが、ふーん、そうかなあという今ひとつ納得できない印象があります。無理してるというか、現実とはずれているような気がします。
今年の流行語が「なでしこ」だったというのも変な感じでしたね。もはや数年前から、流行語大賞の流行語は流行語ではなくなっていると思います。正直なところ、今年の流行語は、ものすごい皮肉だけど「健康にただちに影響はない」だったのではないでしょうか。しかし、そのことを表立って言うことはできません。「絆」もそうだけど「なでしこ」も、夢や希望を持ちたいというみんなの理想としての言葉を挙げているだけですね。
震災や原発事故があまりにも巨大で深刻で、日本人全体がおろおろしている実態を、むしろ露呈しているようにも思える、これらの選考結果でした。
ゆく年、くる年、また走る敏 ― 2011年12月30日
いよいよ今年も終わりです。昨日、年賀状の印刷が終わりました。今日は一言を添えて宛名書きをする予定です。結局、毎年
ギリギリになって作っています。以前は、イラストレーター・デザイナーなのに、こんなんじゃだめだなという出来が多くて、いつも情けない思いをしていたので(あーあ、自分の実力なんてこの程度か、と)、近年は少し力を入れるようになりました。
びっしり描き込むかどうかよりも、アイデアとセンス、そして全体の仕上がりがプロとしての最低ラインをクリアしていること、それが重要です。
年があけましたら、去年と同じように、年賀状をこのブログで掲載いたします。
年末に生真面目・深刻な話で締めくくるのもどうかとは思いますが、どうしても一つ整理しておかないといけないと思っていることをお話ししたいと思います。これは独り言です。ですからつまらないと感じられたら、お読みにならなくて結構です。
この一年、やはり大震災と原発事故が僕の上に大きく覆いかぶさっていて、日本全体もそうだろうけど、僕自身の生活や仕事にもその影響が出ました。それはこれからもずっと続くでしょうね。物理的にも精神的にも。
直接被災したわけじゃないのに、重苦しい鉛のようなものがずっと心のどこかにのしかかっている日々でした。……でした、と過去形にできればいいのですが
、まだ続いているかもしれません。
特に大きく重くのしかかったのは原発事故で、その後の日本全体の動きを見ているうちに、日本人の意識構造が戦前からほとんど変わっていないんじゃないかという思いにとらわれるようになりました。以来、政治にもマスメディアにも強い不信感を抱いています。以前にも増して、テレビを見る気がしなくなっています。
日本にほんとうのジャーナリズムはないのかもしれない、という確信を抱くようになりました。原発に関して、メディアは政府の大本営発表を垂れ流すだけ、そして「国民」はそれを疑いもせず(いや、疑っている人は間違いなくいたのだけど、耳を貸す人は少なかった)、将来は大丈夫と、根拠なく信じて暮らして来たのですね。それはまったく戦前と同じではないかと思っています。
自分も含めて、あの敗戦から日本人は何も学んでいなかったのかと、ちょっと絶望的になります。
でも、実は希望もちゃんと持っているのです。まるっきり悲観的になってるわけではありません。現実を直視しながら、でも希望を持ち、行動する、ということですね。それが大事だと思っています。正しくものが見えて、しっかりと行動している人はたくさんいるし、まわりや目の前のものをきめ細かく見ていけば、可能性はそこらじゅうにあることがわかります。そして、もう一つ重要なのは、歴史から学ぶことでしょうね。そのことが、指針を示してくれるのです。
今年、エントリーしていたマラソンが3つとも大震災のために中止になり、どこかで少しずつ走る意欲を失っていました。忙しさを口実に、走る回数を減らしていました。完全にやめてはいませんでしたが。
でも、年の暮れにまたランニングを復活しています。以前の状態に戻りつつあります。新しい年には「また走る敏」でやっていきます。
このブログを訪れてくださる皆さま、今年一年もありがとうございました。心から感謝いたします。どうぞ来年もよろしくおつきあいください。
2012年が皆さまにとっても実りのある年となりますように、お祈りしております。



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