スティーヴ・ジョブズが亡くなった!2011年10月06日

 今日一番の衝撃のニュースでした。スティーヴ・ジョブズの死去。最初、Facebook で友達のポストを見て、えっ、うそ? と思いました。すぐにあちこち検索かけてみたら、BBC News に出ていました。
 今日は一日Facebook でもTwitter でもその話題が駆け巡っていました。ぼくも気になることをあれこれ語りました。Twitter では僕自身は何もしていないけれど、HPをのぞくと、Trends の言葉の8割くらいがジョブズ関連で、娘は一時期繋がらなかったと言っていました。
 いやー、信じられない。早すぎる。ビル・ゲイツと同い年。ぼくの、一つ上で、とにかく同世代ですよ。ガンの状態がかなり悪化しているのだろうなあとは思っていたけれど、8月にCEOの座をティム・クックに譲り、昨日、iphone 4S を発表したばかりでした。あまりにも劇的な幕切れ。しりぞいてもしばらくはアドバイザーとしてアイデアを出してくれると思っていましたけれどねえ。
 あれだけの革新的なことを成し遂げた人ですから、そりゃあクセも強かったろうと思いますが、そんなのはあたりまえのことでしょう。とにかく、オバマ大統領もコメントしたとおり、世界は偉大なVisionary (先見の明を持った人)を失いました。
 ぼくは昔も今もMac ユーザーです。コンピュータが好きなのではなくて、Macintosh が好きなのです。パートで勤めているNCCの事務所ではやむをえずWindows を使ってますが、使えば使うほどWindows のダサさにため息が出て、「マック命〜!」ですよ。
 iPad もiPhone もまだ使ってないけれど、Macintosh だけでも存在意義は大きかったと思う。iPhone はソフトバンクの独占でなくなり、au でも近々販売されると聞いて、あ、それなら買い換えようかと思っていたところです。
 しかし、Steve Jobs のいないApple はこれからどうなるのだろう?


手を描く2011年10月11日


部分的スケッチです

 人をスケッチするときはなるべく手を描くようにしています。
 手はどういう描き方にせよ、難しいのです。人物だから当然顔の描写には力を入れる。でも手になると、難しさと面倒くささでつい手を抜いてしまいがちです。文字どおり、「手を抜く」。
 でも、手がきちんとかけていないと、絵全体をダメにしてしまうものです。

 Facebook に掲載しているのと違う絵を載せてみました。あっちが主流になってもつまらないので。
 電車内のスケッチは、いつも言ってることですが、予測不能の、限られた時間の中でどれだけ描けるかが勝負です。で、今回の下に描いてある人物は、顔より先にとにかく手を描いてしまおうと思いました。モデルが真正面なので、顔が描きづらいというのも理由の一つですが(笑)。
 娘の話「電車に乗っている人の手は自然な形していることが多いから、描くのにいいんだよ。絵を描くためにモデルになってもらうと、どうしてもどこかで緊張した形になってるから。」
 確かに。


東京マラソン今年も落選2011年10月13日

 ま、あてにはしてませんでしたが、今年もしっかり落選でした。11日の夜、メールが来ました。翌日、すぐに板橋 シティマラソン(旧・荒川市民マラソン)にエントリーしました。こちらは問題なく、即決定! しかし、3年連続中止なんてことないようにしてくれよ。
 東京マラソンだけど、エントリーの仕方、変更してくれないかと思っているんですよ。今までに複数回当選して 出場できている人たちがいるはずです。そういう人たちと、一度も当選していない人たちにハンディキャップをつけてほしい。
 以前にアンケートで意見を出したんですけどね。今度また送ろうと思います。およそ走る気のないくだらないタレントがふざけながら走っているのを見ると、腹が立ってきます。テレビ局もアホだしね。ああいうのでしか盛り上げられないなんて。
 以前から別にそれほどあこがれている大会ではありません。とは言え、出られたらそれなりに面白いだろうなとは思うけど。

 それにしても、この夏は走る回数と距離が減っていたから、体力は間違いなく落ちていますね。秋になってようやく少しずつ回復してきていますが、ペースはかなり遅い。今の体力じゃフルマラソンは走れないでしょう。今日も10km 走りましたけど。
  でも、もちろん、このままで終わらせるつもりはありません。
 


いしいひさいちとしりあがり寿——線のこと2011年10月15日

 朝日新聞の連載漫画「ののちゃん」が20周年を迎えたそうです。先日、1ページ大で特集が組まれていました。
 その中に、ののちゃんによるいしいひさいちさんへのインタビューがありましたが、これがいつものノリで笑えました。
 この人は絶対に素顔を見せず、徹底して作品だけで勝負しています。ものすごいプロですね。作家にもそういう人がいますけど、その姿勢を貫くのはなかなか難しいのではないかと思います。まあ、人それぞれにスタイルがありますから、どのやり方が正しいというわけではありませんが。
たとえば一つすごく感心するのは、「ののちゃん」が一度も大震災を扱っていないこと。これはかなりの勇気がいることだと思います。逃げているのでなく、あえてそうしているのでしょう。この人の漫画の感触にはそう言うところがあります。大震災を扱うことで、ヒューマニズムが変な風に混入してしまうことを拒絶しているような気がします。私の本分はばかばかしくクールなお笑いを読者に提供すること、そう覚悟してやっているのではないでしょうか。
 いしい漫画の魅力はたくさんありますが、ぼくはその一つに描線を挙げたいと思います。こういう線って描けないなあと思うのです。人物だけでなく、建物や自然の背景も驚くような簡潔な表現を用いています。そしてどこまでも、いしいワールドであり続けている。線がきれいですね。この線、フリーハンドで描いちゃうんだって、よく感心するんですよ。
 新聞の四コマ漫画のような、基本的にモノクロで勝負する人たちはやはり線が魅力的な方がいい。その点でぼくはどうしても某読売新聞の朝刊の漫画は好きになれないのです。
 
 さて一方、夕刊の「地球防衛家のひとびと」もぼくは好きなのです。朝日新聞にヨイショしているわけではありません。たまたまこの二つの漫画がぼくの気に入ったと言うだけのこと。
 この人についても、線のことについてのみ、ここでは触れます。
 この人は若いときにいわゆるヘタウマ路線を志向し、それをずっと続けています。いしいひさいちさんとはまったく違った(線も内容も)漫画ですが、これがまた勇気ある姿勢なのですね。普通、凡人は中途半端に上昇志向があるから、絵が上手になりたいと思い、努力します。正しく努力できればいいのだけれど、変にごまかして小手先でうまそうに見せようとすると、非常に見苦しい、いわゆるクサイ線になります。実例を挙げると、昔の森田拳次さんの漫画はそうでしたね。
 だから、変にうまくなりそうなところをぐっと抑え、あえてうまく見えないようなレベルにキープしていくというのは、かなりの力量とか度胸がなくてはできません。
 しりあがり寿さんの場合は大震災以後、逆に徹底して大震災や原発事故を扱っています。テレビのニュースでもそのことを語っていました。そのことにはここでは触れませんが、ぼくにとって印象的な絵がありました。しりあがりさんが被災地支援のボランティア活動に行ったときの様子が、数日間作品になっていたのですが、被災地の風景が描かれていて、それがやはりあの人らしい線で、でも、見事にがれきや崩れた建物など表していたのです。ああ、さすがにプロだなと思いましたね。
 
 うまい線ではなく、味のある線を描きたいものだと、この人たちを見ていて思うのです。


ザクロ2011年10月19日


季節の果物

 きのうNCCで仕事をしていたら、ある委員会のミーティングに来ていた男性が、帰りがけに「みなさんでどうぞ」とザクロをくださいました。季節もの。すごい!
 見たら思わず描きたくなりました。3個のうち2個、サインペンで描いて、写真を撮って 、色つけは今日、自宅でやりました。
 でも、食べるの忘れちゃった。今度その事務所に行くのは金曜日。ザクロはその日まで残っているでしょうか?

 初めは軽くスケッチして終わろうと思ったのですが、描き始めたら、しっかり細部を抑えたくなってきて、それで線を描き終わったら、今度は色をつけたくなりました。ぼくが何かを描いたり作ったりするとき、こういうパターンが多いようです。やってるうちにどんどんはまり込む。
 でも花や果物や野菜の絵は、やっぱり色をつけたくなりますね。

 スケッチや水彩の着彩の感覚がまた戻って来ました。うれしいことです。コンピュータだけでの作業は、どこかしら寂しい気がしますから(それはそれで、とても楽しいのですが)。
 娘の話を聞くと、最近の若い人たちはほんとうにコンピュータだけで最初から最後まで制作しているらしいんだけど、素晴らしくよく描けている絵が多いのですが(最近の人たちのテクニックはすごいから)、彼らの絵に似たような印象があるのは、デジタルonly で作っているせいかもしれません。アナログのホッとする部分がないんですよね。

ひよどりじょうご2011年10月27日


山に自生する植物

 ザクロをくださった方が僕の描いた絵を気に入ってくださって、先日、挨拶に来てくださいました。そして「実は今日、事務所にひよどりじょうごという植物を飾っているんですよ」とおっしゃって、それを持ってきてくださいました。
 ひと枝分けてもらったので、今日描きました。
 これは山に自生するつる性の植物なんだそうです。夏に白い小さな花を咲かせるそうですが、もう季節的に終わってしまいました。来年見たいと思います。とても日本風な植物ですね。

 スケッチを再開してから、ひと月以上たちますが、それと引き替えにできなくなったのが、読書です。最近、まともに本を読んでません。目の前の仕事は当然やらなくてはいけないし、家事もしなくてはいけない。
 何かを選んだら、何かを捨てなければいけないのでしょう。誰にも1日に与えられた時間は24時間だけですからね。そんなふうに優先順位を決めながらやっていくのが大事なのだと、つくづく思います。悩ましい問題です。ランニングも続けたいし。
 と、そんなことを考えながら、スケッチをとにかく増やし始めているのです。

紫玉葱2011年10月29日


日々成長してます

 田舎から送られてきた野菜のうち、紫玉葱。えっ、紫じゃないって? 皮をむけば紫色が出てきます。
 芽がどんどん伸びているので、早く描かなくてはと思っていました。で、今日描いたのですが、疲れました。たいした 出来でもないのに。
 今回はサインペンでの輪郭取りはせず、鉛筆で描いてから着彩。まるで受験生の絵画のよう。でも、これでは間違いなく不合格です。はい、わかってます。娘の方がうまく描けます。
 いいのさ、はるか昔に「へたくそな絵を描きためていこう。I will save my poor drawings.」って決心したんだから。これが今の自分のレベルってのはわかってます。

武蔵美芸祭2011年10月31日


鳥ではありません。花です。

夕方のキャンパス

 武蔵美芸祭に行ってきました。天気が良くて良かった。
 ところで上の写真は展示物ではなくて、駅から大学までの玉川上水の土手に咲いている「ほととぎす」 。花の名前です。きれいなので、通りがかりに撮影しました。スケッチする時間はありませんでした。下は、もっと面白い風景を撮れば良かったかな。でも、雰囲気は分かるでしょう。

 美大や美術学校の芸術祭は本当に楽しいですね。いつも行くたびに心が躍ります。だって、さまざまな色や形がそこら中にあふれているから。作品だけじゃなく、学生たちがまた面白い。7割くらいは女子学生で、武蔵美もなかば女子大化している印象がありますが、さまざまなコスチュームがキャンパスを歩き回っているのです。
 刺激になります。若い人から力をもらう、という表現がありますが、本当にそのとおりです。こんな発想、こんな造形、こんな色彩、こんな線があるんだと、目を見張ります。どんなに忙しくても、こういうイベントを見に行くことは怠りたくありません。仕事だけやっていると、感覚の幅が狭まってきてしまうのです。
 美大の学園祭というと、恐らくほとんどの人のイメージは、 油絵か日本画で、どこかのギャラリーみたいに絵が展示されていて、静かにそれらを見て回る、というものではないでしょうか。しかし実際にはかなり違います。特にデザイン関連の学科は、関わる分野が驚くほど広がっていて、面白い試みをしています。単なる学生の遊びだけでもないのです。遊びから出発しながら、高いレベルで作品を結実させているものも結構あります。
 中学や高校の文化祭とはその辺がさすがに違いますね。

 面白いのは(毎年思うのだけど)、食べ物のお店は、肝心の料理や飲み物がおいしくなくても看板だけは力を入れて製作しているところ。美大ですねえ。