やっと写真が2012年05月10日


シャキッとした姿勢で

 3月の板橋Cityマラソンの写真がやっと届きました。2か月近くたって。業者がインターネットに掲載するのに1か月以上かかっていたし、すぐに注文したにもかかわらず、届いたのは約2週間後。
 さてこの写真は、レース開始間もないころに撮影されたものでしょう。混んでいるし、みんなまだ元気そうな顔をしてますから。4年前、ぼくがマラソン大会に出るようになったころ、撮影された姿があまりにも疲れきったフォームと表情だったから、愕然とした覚えがあります。だからそれ以後は、カメラを見つけたときにはシャキッとするようにしてます。でも、この写真ではまだそんなふりをする必要はありませんでした。背景に見えるのは間もなく開業するスカイツリーです。
 先日送られてきた完走証の記録によると、総合順位は10360人中4790位。 年代別(50代男子)では2048人中941位。まあまあか。平均より上だったので、ちょっとうれしかったです。

 10月に千葉の木更津市主催で「ちばアクアラインマラソン」が開かれます。今日がエントリーの締切。応募しようかなと思っていましたが、調べてみたら、コースの高低差が激しく、アクアラインブリッジでは800メートルほどの間に30メートルほど登らなくてはいけません。さらに同じ距離を今度は下る。そんなのが数カ所あるのです。これはきつい。ぼくはまだそんなレベルではないので 、あきらめました。
 しかし、このまま今年何もしないで終わるのは寂しいので、年内に別の大会をトライするつもりです。

2枚目の絵2012年05月07日


似てませんよ

 昨日、教会で創立記念演奏会がありました。シンガーソングライター兼牧師の陣内大蔵さんを招いて。いつものことながら、大変楽しい乗りのいいコンサートでした。この方、2003,2004年の2年間、神学生として私たちの教会に奉仕に来てくださっていて、それ以来、私たち教会員と親しい交流が続いております。

 私は一番前の席にいて、撮影係も やっていたのですが(と言っても、たいした仕事ではない。ただ写していただけ)、撮影の合間、演奏を聴いているときに、そうだ、スケッチを忘れちゃいけないと思い出し、さっそくスケッチブックを取り出しました。
 描き始めたのはいいけれど、だんだん自分の絵が嫌になってきました。はっきり言って、こんなんじゃだめだよ。線が萎縮している。自分の力のなさにがっかりしてきました。
 何がまずいか? 失敗を恐れているのです。線がうまく引けず、形が崩れること。さらに、顔が似なくなること。似ていないと、見る人に認めてもらえないんじゃないか。こういう恐れは今に始まったことではありません。ときどき顔を出す悪い癖です。とりあえず描き終えたものの、……失敗でした。

 しかし、そこでもう一度気を取り直して、新たにもう1枚描くことにしました。もう似ていなくていい。線が生き生きとしているかどうかが何より重要。1枚目では腰まで描きましたが、2枚目は顔だけを描くことにしました。それがここに掲載した画像です。
 開き直ったら、描けました。おそらくご本人は(いや、他の人たちも、ファンの方々も)ちっとも似ていないと言うでしょう。だからこれはFacebook には載せません(笑)。絵として成立しているかどうかが大切なのです。何をもって「絵として成立している」と言うのか、判断が難しいのですが、これは極めて個人的な内部の判断基準です。言葉にしづらいのですが、自分で「これはだめ」「あ、これならいい」と思える基準があります。絵を描いている人にはすぐにわかってしまうでしょう。いや、見る人にもわかるな。
 人物を描くときによけいなことを気にして、線が死んでしまうことがときどきあります。もっと、描く対象にどんと踏み込まなくてはいけない。こぎれいに絵をまとめようなんて小細工に逃げるのではなく、雑念を払って、対象を描かせてもらう、そういう気持。この2枚目で、やっとその目的を少し果たせたかなと思います。
 でも、2枚目だから二枚目でしょう(笑)。やば。また無意味なオヤジギャグが……。

連休の過ごし方2012年05月04日


ほつれ髪の女

 先月は一度も記事を書きませんでした。忙しかったという単純な理由ではありません。年度が変わって、ぼくの周りにもいろんな変化があり、ぼく自身も仕事や生活が単純にこれまでの繰り返しではありません。ブログについても、これから何を発信していこうか考えています。大きくは変わらないのですが、これまでもまだ思い通りにいっていないところがあったし(やり始めて挫折しているシリーズものがある)、また、これまでより発展させたい部分もあるし。あれこれ考えていたひと月あまりでした。
 さて先月、展覧会としては、大友克洋原画展に行き、「レオナルド・ダ・ヴィンチ 美の理想」展にも行きました。それらのことも報告したかったけれど、書き始めるといろんなことを語りたくなって、なんだかんだ文章を考えているうちに、結局時間がなくなってしまうのです。
 とりあえず今日は、ダヴィンチ展の目玉作品、「ほつれ髪の女」を掲載します。お土産の絵はがきから。いやあ、美しい絵でした。しばらく絵の前にたたずみ、絵と対話をしていました。こんな奇蹟のような絵を見ていると、涙が出てくるんですよ。

 息子がこの春、大学に無事合格したおかげで、またお金があっという間に飛んでいって、連休はどこへも遊びに行けません。でも別にかまわないのです。というか、自分の仕事や創作に気持と時間を注ぐことができるいいチャンスと考えています(と言っても、連休ももう終わりですが)。
 今日もお昼ごろに、いつものように公園内を10km 走りましたが、この季節は花水木がきれいです。毎年見ているのに、今年はなぜか花水木につい目が向きます。桃色の縁のある花びらもいいし、白い花びらもいい。辛夷にしても花水木にしても、花の白色はなぜあんなに輝いているのでしょうね。
 チョウもあちこちで飛んでいました。自然や昆虫のことも、また写真とともにお話しできそうです。
 

板橋City マラソン完走!2012年03月18日

 今日、板橋City マラソンがありました。去年とおととし、エントリーしたにもかかわらず2年連続中止になった大会です。理由はそれぞれ大震災と前日の嵐。去年は、かすみがうらマラソンもエントリーしたけれど、それも大震災で中止。トホホの一年でした。だからぼくにとっては、今回3年ぶりのフルマラソンだったのです。
 このところ練習時間・走行距離とも十分ではなかったので、ちゃんと走れるか心配でしたが、途中一度も歩くことなく、無事に走り終えました。
 記録は4:17:45。3年前のタイムを15分ほど縮めています。ほっとしました。だって、「あの頃は張り切ってたけど、今は体力も気力も落ちちゃったなあ」なんてのはいやですからね。できればサブフォー(4時間切り)を狙いたかったのですが、今の自分はこのレベルですね。でも今日走ってみて、次回はサブフォーを達成できそうな気がしました。
 今年と去年、1月開催の30Kマラソンに出ましたが、2度とも途中で足がつってしまい、コースを外れて屈伸体操をしたり歩いたりで苦労しました。どうもぼくの足は痙攣を起こしやすいみたいなのです(要するに練習不足なのですが)。だから、今回はかなり用心しました。対策は塩分の摂取。塩をウェストポーチに入れて、15キロ過ぎから、ちょっとでも足がつりそうになったら、塩を舐めるようにしました。効果あり。

 今日の天気は曇りのち小雨。でも 雨と言っても、走っている間はパラついた程度。気温も10度は超してたし、風は弱かったし、マラソンにはちょうどいい天気でした。何しろ、1月の30Kが最悪の天気でしたから。
 参加者は18000人。実際にこれだけ大勢のランナーを見ると、今の日本がいかにマラソンブームかよく分かります。70代の老人でも僕より速くヒョイヒョイと走ってたりしますから、びっくりです。

 ごらんの写真は、走ったあとに、おにぎりを口の中につめたままのところを、妻に写してもらいました。走ってる最中の写真は後日掲載します。プロが撮ったものが手に入るまでに数日かかりますので。

走ったあとに

安野光雅の絵本展2012年03月17日

 「安野光雅の絵本展」を昨日、見に行きました。板橋区立美術館で開かれています。今月25日まで。
 いい展覧会は、人を慰め、気持をワクワクさせ、新しい方向へ押し出してくれる力があります。この展覧会もそうでした。知的で、いい意味の品の良さを感じさせる、柔らかい線と色の原画を眺めながら、しばらくの間、安野ワールドに浸ることができました。しかし、ひとくちに安野ワールドと言っても、ものすごい広がりと奥行きを持っていて、とても一言で語ることはできません。

 すぐれた表現者は皆そうなのですが、新しいものと伝統を見事に融合させます。具体的に印刷技術の観点から説明しましょう。
 今の時代、デザインやイラストの世界ではコンピュータがなくては仕事ができませんが、ややもすればコンピュータにおんぶした安易な作品しか作らなくなってしまうことがあります。それには時間や費用の制限がもちろん要因の一部としてあるのですが。
 一方で、コンピュータという文明の利器を、やみくもに毛嫌いする人もいます。 かたくなに昔のやり方を守り続けるというやり方。それはそれで一つの方針としてありうるのですが、人によっては、実は新しい考え方についていけない、頭が固くなっているだけ、ということもあるのですね。そういう人たちの作品はたいていつまらないものです。
 で、すぐれた芸術家は、時代の新しい技術を使いつつ、同時に古くからの伝統も研究して、それらを調和させて、よりレベルの高い作品を作っていくのです。画家であり、デザイナーでもある安野さんは、それをやっているわけです(他にも、太田大八さん、堀内誠一さんもそういうタイプ。詩人で言えば、谷川俊太郎さん)。

 ぼくは日ごろの自分の仕事が、安易にコンピュータに乗っかったものに流れてしまっていることを、安野さんの作品を見ながら、つくづく思わされたのです(いつもうすうす感じてはいるけれど)。手作りを大切にしつつ、印刷の特性もちゃんと生かして、洒脱な表現を掘り下げていく姿勢は、見ていて頭が下がります。
 加えて、数学的発想。ぼくの苦手とする分野。しかし、その数学の面白さを絵本で楽しく伝えようとする姿勢にもまた感服するのです。
 さらに安野さんは、すぐれた文筆家でもいらっしゃる。味わいのある文章を書かれます。古典の素養もお持ちだから、言葉への感覚が鋭い。
 ああ、やっぱり一言では書ききれない。またどこかで続きをお話ししましょう。
 いいですね。こんな生き方ができたら。

思いがけないことの連続2012年03月06日

「人生は、良くも悪くも、思いがけないことの連続だ。」
 この言葉はあるとき心に浮かんだもの。確か、以前にもこのブログで書いたことがあるのですが、最近つくづくそう思うようになりました。私たちはつい「ものごとが思いどおりにいかない」と不平を言うことが多いのだけれど、実際には人生のかなりの部分が、思いどおりにいかないことで成り立ってるんじゃないか、と思うのです。
 そして、けっこうきつかったりもするけれど、実はその方が ある意味人生は豊かなのですね。「自分の思いどおり」ということは、ものすごく狭い自分の想像力や予定の中だけでことが進むと言うことだから、100%そういうふうに進むことはまずないし、現実世界はそんなに単純ではありません。それに人生のすべてが予想の範囲内で終わるなんてつまらないことです。
 思いがけないことがたまたま自分に都合のいいことだと、「ラッキー!」と喜んだりしますが、そう言うことは忘れやすいもの。逆に悪いことだったりするといつまでも心に残っていて、ああ、自分はいつも不運だ、どうしてこうもついていないんだろう、と嘆き、中にはその責任を周りになすりつけて、「どいつもこいつもバカばかりだ」と怒ったりする人がいます。
 でも、思いがけない事柄には、いいことと悪いことがほぼ半分ずつと考えていいでしょう。それに、いいと思えることが結果的に悪かったり、またその逆だったりすることなんてしょっちゅうだし。

 さて、この言葉を英訳してみました。決定した表現は以下のとおり。
 Life is a series of unexpected incidents for good and bad.

 英訳するとき、インターネットのGoogle 翻訳サービスで遊んでみました。Excite 翻訳にしてもこれにしても、いつもトンデモ訳で楽しませてくれます。これらのサイトはあくまでも遊び。頼ってはいけない。
 で、今回やってみたことは、出てきた翻訳を今度は和訳、それをまた英訳、と繰り返す遊びです。
 こんな風になりました。
「人生は、良くも悪くも、思いがけないことの連続だ。」
  ↓
Life, both good and bad, but something unexpected continuous.
  ↓
人生、良い面と悪い面が、予期しない何かを継続的に両方。
  ↓
Both continue to face what life and good, bad, unexpected.
  ↓
両方に直面し続けて何の人生、予期しない、良い、悪い。

 ここまで来ると、何かの判じ物かと思わせる、シュールな詩ですね。
 ずっと前に、I threw my back away. (ぎっくり腰になった)を訳させてみたら、「私は背中を投げた」という答えが出てきました。

有名人占い2012年02月26日

 最近、更新回数が少ないのに、珍しく2日連続で記事を掲載します。その割には話題はどうでもいい内容ですが、雑談を。

 数年前のことですが、インターネットで作家占い、画家占い、音楽家占い、映画監督占い、というのを やったことがあります。生年月日を入れると、「あなたの性格は作家で言うと〇〇です」という答えが出てくるのです。
 そしたら、ぼくの占いの回答は以下のようなものでした。
作家——吉田兼好
画家——葛飾北斎
音楽家——ベートーヴェン
映画監督——ジョン・スタージェス

 びっくりしましたね。そして笑えました。僕の好きな人たちばかりだったのです。ちなみに、映画監督ジョン・スタージェスの代表作は「黄金の七人」「大脱走」「OK牧場の決闘」です。
 共通点は何かというと、みんな偏屈なんです(笑)。変人。わかるなあ。スタージェスの人柄については詳しいことが分からないのですが、彼の映画に関しては 少なくとも上に挙げた作品はどれも好きです。他の3人は間違いなく変人です 。世の中とうまくやっていけない頑固な自己主張を持っている。
 ぼくは、この人たちの作品に昔からすごく惹かれていたのですが、占いの結果を見て、妙に納得してしまいました。通じ合うところがあるから、作品が好きなのかなと。ただ、この人たちくらいすぐれた才能があればいいのですが、僕の場合は、偏屈なだけだから困ったものです。

 占星術はぼくにはまったく当てはまらないので(だから何座かは言いません)まるっきり興味ありませんが、生年月日による占い(おそらく四柱推命が基本でしょう)で、どう考えても現実と異なるのが「あなたはお金には一生困らないでしょう」という答えが出ることです。
 しょせん遊びに過ぎないと 分かってはいても、だったら、もう少しお金くれよ〜、と文句を言いたくなるのでした。

まず始めること2012年02月25日

 Take the first step. And God will help you.
 まるで聖書か説教の一節みたいですが、実は名優Anthony Hopkins アンソニー・ホプキンスの言葉です。4年ほど前にどこかで見つけたらしく、ぼくの「なんでもノート」に書き留めてありました。
 さて、今日も走ったのですが、中4日あけ。ジョギングを習慣にしている割には、ぼくはヘタレで、走り始めるまでがおっくうで、走り始めてからも最初の3キロくらいはうんざりしています。それだったら走らなきゃいいのに、と言われそうですが、やめたくない理由もあるんですね。
 もう今日はやめようかな、と毎回思っているんです。情けないですね。それでも不思議なことに、ほとんどの場合、当初の予定距離は無事に走り終えて、ああよかったと安心します。というより、走ったあとは爽快です。ああ、走ってよかったと。

 私たちは掃除でも勉強でも取りかかるまでが大変で、グズグズと先延ばししたり、何もしないでおいたりすることが結構あります。もちろんしっかりとやることをすぐに実行できる人も多いでしょう。そんなふうになりたいと思うけど、どうやら持って生まれたものはたやすく変えることはできません。
 でも、脳科学者の池谷裕二さんが本に書いていますが、そのときには気持が乗るのを待つよりも、まず始めた方がいいようです。いやでも何でもとにかく始める。体を動かし始める。そうすると体を動かしているうちに、気持が乗ってきてリズムが出てきて、作業が平気になってくるというのです。それどころか快感さえ覚えるようになります。ランニングの場合はランナーズハイというやつですね。βエンドルフィンという脳内物質が出てくるのです。
 ぼくはランニングで毎回そのことを身をもって体験しています。とはいえ、すぐに 毎回同じ繰り返しをしているわけだから、発展のない自分だなあとあきれてもいるけれど、日常的に自分の発展のなさを確認できるのなら、まあいいかと思います。

 このこととまったく同じ内容ではないのですが、案ずるより産むが易し、ということわざは人間性の似たところをついているかもしれません。あれこれ不安に思うことは不毛な作業でしかありません。まず体を動かす。そうすれば、意外にたいしたことはない。そして体を動かしていることそのものが、不安を打ち消し、確かな道を開いてくれる。
 アンソニー・ホプキンスの言葉を借りるなら、「あとは神が助けてくださる」のです。